棒線駅(1) - 駅と駅舎の旅写真館

棒線駅、ローカル線で典型的な1面1線の構内配線

ローカル線小駅の典型的な駅のスタイル… 棒線駅をめぐる鉄道の旅

単線の路線の駅で、レールは1線だけ…そしてプラットホームも片面1線のみのシンプルな構内配線。信号機を設けていない駅は停留所という。無人駅の場合が少なくなく、小さな待合室がポツンとあるだけの風景はローカル線らしい風情漂う。

一方、かつてはそれなりの設備を有していたが、他の番線や側線が使われなくなり、廃れた姿のまま棒線駅同然となり、鉄道の衰退をまざまざと見せつけられる侘しい風景も…

(※ヘッダー画像: 下切駅(JR東海・太多線) )



銚子電鉄・海鹿島駅~戦後的な??造りが印象的な木造駅舎~

銚子電鉄、レトロな駅舎が残る海鹿島駅

銚子電鉄に乗り、海鹿島駅(あしかじまえき)で下車。関東最東端の駅だとか…。古い改札口の「ご乗車 ありがとうございました 海鹿島駅」に出迎えられた。起源と言える銚子遊覧鉄道は1913年(大正2年)に開業。同時に海鹿島駅も開業。しかし4年後に廃線…

揖斐駅 (養老鉄道)~味わい残した木造駅舎が佇む終着駅~

養老鉄道・揖斐駅、元近鉄車の610形が停車中

駅の開業は1919年(大正8年)の初代養老鉄道時代。2007年に近鉄から現在の養老鉄道が運行を引き継いだ。北端の終点が揖斐駅だ。名鉄揖斐線の黒野駅-本揖斐間が廃線となってからは、揖斐川町唯一の鉄道駅として街の玄関口としての役割を担う…

宗谷本線・北比布駅、東六線駅、北剣淵駅~3駅を巡ったある夏の日の風景~

JR宗谷本線・東六線駅、待合室のレトロな駅名看板

2015年9月、石北本線の駅をいくつか訪れ、午後は宗谷本線南部の秘境駅にでも訪れようと思った。手始めは北比布駅だ。しかし、旭川‐名寄間の列車は十数本あっても、北比布駅…いや、これから訪れる東六線駅、北剣淵駅に停車する列車は特に少ない。快速なよろはもちろん、普通列車でさえ何本かは通過してしまう…

宗谷本線、2021年廃止予定駅と気になる無人駅を巡る旅~1日目(1)~

宗谷本線・南比布駅、北海道の典型的な無人駅スタイル

旭川駅前に宿泊した翌日、「HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス」を手に、来年の廃駅が見込まれる宗谷本線の無人駅を中心に巡る2日間が始まる。この6日間の北海道旅行の中で、この日がいちばんハードな日程になりそう。なので、朝早く発つ事も多い駅巡りの旅だが、せめて今日の朝は少しホテルでゆっくりしようと思った…

比婆山駅 (JR西日本・芸備線)~社殿風の木造駅舎と気になるモノ…~

JR西日本芸備線・比婆山駅、社殿風の木造駅舎が現役

比婆山駅の開業は1935年(昭和10年)12月20日。開業当初の駅名は備後熊野駅だが、1956年(昭和31年)に現在の駅名に変更となった。比婆山は駅から北に直線距離で約11㎞にそびえる標高1299mの山で、日本神話の国生み神話女神の伊邪那美が埋葬された地との伝承があり…

松尾寺駅 (JR西日本・小浜線)~日本茶カフェがある木造駅舎~

JR小浜線・松尾寺駅のカフェ「Salon de RURUTEI」日本茶

敦賀駅と東舞鶴駅を結ぶJR西日本のローカル線、小浜線に松尾寺という駅がある。古い木造駅舎が残るが、2007年に取り壊しの話が持ち上がった。しかし保存と活用の声が地元から上がり、2008年3月に舞鶴市に無償譲渡され、整備・保全された…

千垣駅 (富山地鉄・立山線)~立山を目前に佇む古色蒼然とした木造駅舎~

富山地鉄立山線、大正開業の千垣駅、古い木造駅舎

いくつもの富山地鉄の木造駅舎を訪れてきたが、まだ未訪で気になっていた立山線の千垣駅で降り立った。平行する県道6号線と、常願寺川の間に立地する駅だ。立山へあと少しとなった鉄路は、ここまで来ると景色は山深くなり、まだ雪を被った山々が見えた…

根室本線幾寅駅~鉄道員(ぽっぽや)幌舞駅の面影残る駅舎~

幌舞駅こと根室本線・幾寅駅、風格でてきた木造駅舎、

2016年10月下旬、JR北海道が、根室本線の富良野‐新得間など特に利用の少ない3線区の廃止・バス転換を協議する方針と、各種メディアが報じた。この発表を受け、ドラマ「北の国から」と、映画「鉄道員(ぽっぽや)」のファンから落胆の声が上がった…

越後岩沢駅~JR飯山線最後のレトロ駅舎!?~

JR東日本飯山線・越後岩沢駅、昭和2年築の木造駅舎

2016年夏、山形と新潟を訪れ、飯山線を経て長野から特急しなので帰路に就くつもりでいた。そこで、飯山線にいい木造駅舎がある駅が無いかとウェブ上で情報を漁った。しかし、31駅中、古い姿を留めた駅舎は僅か1駅、越後岩沢駅だけだった…

玉江駅 (JR西日本・山陰本線)~実は洋風の小洒落た木造駅舎~

山陰本線、萩市内の駅・玉江駅のモダンな木造駅舎

山口市から流れて来た阿武川は日本海に注ぐ直前、松本川と橋本川に分岐する。2本の川を濠にしたかのように、その内側に三角州が形成され、毛利氏が治める長州藩の城下町として発展し、幕末には吉田松陰や高杉晋作など幕末の志士を輩出した…