取り壊しから一転、活用される駅舎
敦賀駅と東舞鶴駅を結ぶJR西日本のローカル線、小浜線に松尾寺(まつのおでら)という駅がある。古い木造駅舎が残るが、2007年に取り壊しの話が持ち上がった。しかし保存と活用を要望する声が地元から上がり、2008年3月に舞鶴市に無償譲渡された。2009年に改修が完了し「舞鶴市松尾寺駅前観光交流施設」としてオープンした。駅舎を活用するためのNPO法人も設立された。
時は流れ、駅舎は2018年、国の登録有形文化財となった。
そして2019年(令和元年)11月27日、何と!旧駅事務室内部に日本茶カフェがオープンした。舞鶴産の上煎茶などを使い、定番の日本茶を提供する本格的なカフェという。行きたいと心の片隅にありながら、なかなか実行に移せなかったが、これは行き時だ。
改修され登録有形文化財となった大正築の駅舎
敦賀の方から小浜線に乗り、松尾寺駅に着いたのはやや日が傾きかけた感のある午後3時過ぎだ。2月は日が傾くのが早いものだ。だがティータイムにはいい時間だ。
今や1面1線の棒線駅と化しているが、旅客ホームを圧倒する何線分という広い側線跡が残っていた。隅には廃れたスノーシェッドまで残ってた。まるで荒涼とした空地のような風景だ。
かつてはこの松尾寺駅から湾岸部の第三海軍火薬廠鉄道側線まで、6.8kmの専用線が敷かれていていた。さすが古くから軍港として栄えた舞鶴らしい。
敗戦後、火薬廠は連合軍に接収されたが、後に舞鶴市に譲渡された。跡地には日本板硝子の工場が誘致され、専用線も維持された。松尾寺駅は、国鉄福知山鉄道管理局では最大の貨物取扱量を誇っていたという。
ホームは築堤上にあり、南側に駅舎を見下ろしていた。
築堤横に4畳ほどの台のような構造物があった。構内全体の管理する建物として小さすぎるので、かつてはそこから旅客列車の運行を監視していたのだろう。
駅舎ホーム側に降りてきた。塗装など多少の改修はされているが、壁や軒を支える古い柱など、使い古された木でできた空間は大正と言う歴史を感じさせる。
そして改札口には古い木製のラッチが並ぶ。なんと味わい深い風景か…
窓口跡部分は店舗として改修され原形をあまり留めないが、木で改修され木造駅舎という空間が尊重されているのを感じる。手小荷物窓口跡の上には、運行情報を伝える黒板が掲げられいた。貨物の「実績 収入…」という項目があるので、乗客向けではないのだろう。駅事務室か貨物駅側に長らく眠っていたものが日の目を見たのかもしれない…
そして内部では日本茶カフェ「Salon de RURUTEI(サロン・ド・流々亭(るるてい) )」が営業中だ。チラリと覗くと満席だった。後で入る事にしよう。
駅舎を正面から眺めた。押縁下見の板張りが印象的な木の質感溢れ味わい深い造りだ。駅開業の1922年(大正11年)以来の木造駅舎だが、改修されているだけあって状態も良好。
駅舎全体を収めて撮影したいが、カフェ来店客のものと思われる車数台で塞がれている。うん、これほど繁盛しているのはいい事だ。空くのを待つことにしよう。
木造駅舎の中で、日本茶で一息…
ようやく一席空いたのを見つけて店内に入って席を確保できた。
最大4名の小上がり席を一人で使わせてもらうのはもったいない気も…
店内を眺めると、先ほどまでは高校生位と思しき男子の集団がいた。そして私の隣にはおしゃべりに興じる30代の女性。真ん中のテーブルにはカップル二組。満席だった。
この「Salon de RURUTEI」は、元々、ここから直線で北東に約2㎞の位置にある西国第二十九番札所の松尾寺の門前に「流々亭」として店舗を構えていたが、地滑りに遭いし閉店を余儀なくされたが、駅舎の中に店舗が復活したという。
メニューを見ると正統的な日本茶から、ラテのようなアレンジしたものまで色々。どれも目移りしたが、ここはやはり舞鶴産の茶葉を使った煎茶だ。スイーツも一品頼んだ。
注文が来るまでの間、内部を迷惑にならない程度に見せてもらった。店舗として、その前は集会所として利用されていたので、駅事務室の面影はほとんど無い。
しかし、そんな中、私の目を引いたのが手小荷物窓口跡だ。待合室側は改修されていたが、裏側はほぼ原形を留め、花々の間から使い古された木のままの造りが垣間見える。引き出しもそのままだ。
今では色とりどりの花で賑やかで店舗の中に溶け込んでいる。こういう家具的に利用するのもいいなと思った。
まずスイーツ…和風に言うと甘味が来た。「抹茶のロンドのアイスクリーム添え」。昔流行ったカヌレのようなケーキで、両丹地区…丹後、丹波地区の産の抹茶を使っているという。
そして舞鶴産の煎茶。美味しい飲み方を案内したガイドも添えられ二煎目、三煎目まで美味しく頂いた。
靴を脱いで小上がりでいただくお茶はまるで自宅のよう…。慌ただしい日帰りの旅を忘れ、しばしのんびりとした時を過ごした。
真ん中のテーブルには、国鉄のマークだった動輪が側面にあしらわれた木製のベンチがある。古い木製のベンチでも希少になった動輪マーク入りベンチとまさかここで出会えるなんて…。
閉店時間の17時が近づいていたので、そろそろ出なければ…。持ち帰り用の茶葉も色々取り揃えていて、まいづる煎茶のティーパックを購入。いいお土産になった。
カフェを後にし周辺をうろうろしていると、最後の一台の車がいなくなり、運よく駅舎の前が開けた。改修箇所は多いが、それでも大正11年(1922年)から佇み続ける駅舎だ。新建材などを使いもっと現代風に改修する事もできたはずだが、昔風の木造駅舎の雰囲気を大切にしているのは素晴らしい。
日が沈み車寄せの灯りがともった。まるで大正からの歴史を浮かび上がらすかのように、すり減った木目を照らし出していた。
次の列車で帰ろうと思ったが、日本茶と木造駅舎を堪能し、すっかり長居してしまった。また必ず来たいものだ。東舞鶴行きの列車に乗り込んだのは、茜色に染まった空ももう暗くなろうとしている頃だった。
[2020年(令和2年) 2月訪問](京都府舞鶴市)
~◆レトロ駅舎カテゴリー: JR・旧国鉄の三つ星駅舎~
※Salon de RURUTEIの運営元「流々亭」の各種関連ページは以下へどうぞ。