タグ: 廃線跡の駅舎 (1)

廃線跡に残る駅舎を訪ねる鉄道の旅。
廃線となり列車が来なくなり、年月が過ぎゆき鉄路の痕跡が少しずつ失われていっても、残る幸運な駅舎もあります。他の目的に転用されたり、近年では観光資源として着目され改修されるケースも。また、ある駅舎は放置同然で寂れるまま、朽ちるままに…



石炭輸送の残影… 道央の保存駅舎を巡る旅~ダイジェスト版~

昔の函館本線からは、短い支線がいくつも分岐していた。それらは採掘した石炭を運び出すため敷かれた鉄路だった。石炭輸送で賑わうだけでなく、沿線には人々が住み街は繁栄したという。しかし1960年代に起こったエネルギー革命により、炭鉱は次々と閉山になり、沿線から人々は去り衰退していった…

沼牛駅~深名線廃線から21年…、甦った木造駅舎~

深名線廃線から21年…見事に蘇った沼牛駅の木造駅舎

深名線が廃止から20年になろうとしている頃、意外にもいくつかの木造駅舎が残っている事を知った。鷹泊駅、沼牛駅、政和駅、添牛内駅と4駅の木造駅舎が傷みが進みながらも残っているらしい。その中の一つ、沼牛駅の駅舎は地元の人が買い取り、雪下ろしや補修などをし地道に守ってきたという…

定山渓鉄道・石切山駅~石山振興会館となり今も活用される木造駅舎~

定山渓鉄道・旧石切山駅。廃線後、残存した駅舎は石山振興会館に…

かつて札幌市内に定山渓鉄道という私鉄の鉄道路線があった。東札幌駅‐定山渓間が廃止されたのは1969年(昭和44年)の11月1日。廃線から半世紀近く経とうとしているが、石切山駅の木造駅舎は驚くべき事に現存し、活用されているという…

姫路モノレール・大将軍駅の痕跡が色濃く残る高尾アパート

姫路モノレール廃線後も大将軍駅の痕跡が残る高尾アパート

山陽新幹線で姫路の街並みを通り抜ける時、姫路モノレールの廃線跡には強く目をひきつけられたものだ。廃線後も長く、コンクリートの軌道跡は留め置かれ、21世紀になっても残り続けた。その廃れた様は、まるで市街地中心部に大蛇がうねってるようにように私の目に映ったものだ…

日中線・熱塩駅~廃線後も日中線記念館として保存された洋風駅舎~

国鉄日中線・熱塩駅'(現・日中線記念館)。昭和13年築の洋風木造駅舎

1984年の廃線後も日中線記念館として駅舎が保存されている国鉄日中線の終着駅・熱塩駅を訪ねたいと思った。しかし日中線代替バスさえも2012年に廃止され、今では喜多方市が運営する予約制乗り合いタクシー、デマンドタクシーが代替となっている…

鷹泊駅 (JR北海道・深名線)~廃線後、木造駅舎は朽ちるままに…~

まだ廃線となる前の深名線の写真を懐かしく見ていた。すると夜の鷹泊駅の写真があった。1990年代前半の冬、深川行きの列車に乗っていて、鷹泊駅に停車した時、車窓の外にたまたま駅舎が入ったのでシャッターを切ったのだろう。その頃は木造駅舎に興味は無かった…

旧大社駅 (JR西日本・大社線)~至高の和風木造駅舎を訪ねる旅~

大社線・大社駅、神々しい駅舎内部と芸術品のような出札口(切符売場)

大社線の廃止から20年以上過ぎたが、終着駅だった旧大社駅の駅舎はいまだに健在だ。この壮麗な社寺風の和風木造駅舎は1924年(大正13年)建築された。寺社か老舗旅館かという純和風の外観の大柄な駅舎は、和風駅舎の最高傑作という賞賛を贈っても、まだ言い足りない…

加賀一の宮駅(北陸鉄道・石川線)~門前の見事な和風木造駅舎~

北陸鉄道・石川線・加賀一の宮駅、昭和2年築の和風木造駅舎

野町駅からの列車が石川線の終点、加賀一の宮駅に到着した。鶴来駅までは日中に約30分に1本の列車があるが、鶴来-加賀一の宮間は列車本数が半減する。乗降客は少なく、駅はひっそりとしていた。加賀一の宮駅は現在の終着駅でレールは途切れるが、かつては金名線として約17km先…

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