初代松島駅~東北本線旧線跡に残る洋風木造駅舎~



東北本線、廃線となった「山線」の駅

 宮城県松島町にある東北本線の松島駅は2代目で、1代目は2.5㎞程北の内陸側に位置していた。

 松島駅は日本鉄道時代の1890年(明治23年)4月6日開業という古い歴史を持つ。当時、岩切駅-品井沼駅間は現在の海側でなく、内陸側にレールが敷かれていた。一方、東北本線の建設資材の搬入に使われた塩竈(しおがま)までの塩竈線の方は支線だった。

 1944年(昭和19年)11月15日、輸送力増強のため、また塩竈市の熱心な働き掛けにより、現在の「海線」が開業し、従来の区間は「山線」と呼ばれるようになった。

 海線は当初、貨物専用線だったが、山線に比べ勾配が緩く線形も良いため旅客列車が次第に移っていった。またトンネルは複線対応で掘削されていて、複線化に際しては海線の方が選ばれた。

 1962年(昭和37年)4月20日に海線が複線化されると同時に、山線は品井沼-松島間が、約2か月後の7月1日には松島‐利府間が廃線となった。今残る利府‐岩切間の利府支線は山線の名残だ。

 7月1日に初代の松島駅が廃止されると、海線上の新松島駅が新たに松島駅と改称され現在に至っている。

 山線が廃止されて半世紀以上過ぎているが、初代松島駅の旧駅舎は松島町健康館という施設に転用され、まだ残存しているという。

東北本線山線跡を歩き松島駅跡へ

 品井沼駅を訪れた後、一つ隣の愛宕駅で下車した。愛宕駅は初代松島駅が廃止された時、近隣住民にとって二代目松島駅が遠くなるため、便宜を図り設置された駅だ。

 旧線を北に辿り、元禄潜穴跡を見て再び愛宕駅に戻ると、今度は旧線跡を西に歩き初代松島駅を目指した。

東北本線旧線の廃線跡を歩き愛宕駅から旧松島駅へ

 東北本線旧線跡は60年前に廃線になっていて、今や鉄路の痕跡は無い。ただ、そこそこ車通りのある県道8号線とほぼ平行する奥まった所の、車がぎりぎりですれ違えそうな程度の細い道は不思議な感じがする。細い道は単線の線路を幅を感じさせる。それが旧線跡の名残と言えそうだ。

松島健康館として残る洋風駅舎

東北本線・初代松島駅、旧駅舎ホーム側

 15分程歩くと、狭い道にひょっこりとレトロな三角屋根の建物が現れた。

 今では道近くまで建物が突き出た感じだが、これこそがプラットホームの跡だ。この突き出た部分はかつての上屋だ。木造の上屋は最も木造駅舎らしい設備の一つだが、この下を壁で囲って増築したのだろう。

東北本線「山線」初代松島駅跡、構内通路へ降りるホームの階段跡?

 ホームらしい痕跡は無いと思っていたが、このコンクリートの階段は一体??反対ホームに渡るため、または業務用のためにレールを横切っていた構内通路への階段跡のように見えるが…。

 建物の正面にまわってみた。
「おお…!!」
初代の松島駅舎が残っている事は知っていたが、廃線から半世紀以上も過ぎているので、正直、あまり期待はしていなかった。だけど、これぞまさに駅舎だった建物の風格に溢れている。

 初代松島駅の開業は1890年(明治23年)だが、この駅舎がいつ建てられたかははっきりしない。大正説があったり明治説もあったりで…

 1962年に初代の松島駅が廃止されてから、旧駅舎は診療所に転用され、現在では松島町健康館デイサービスセンターとして使われている。

東北本線・初代松島駅、洋風駅舎らしい造り残す中央車寄せ。

 廃駅から半世紀以上も過ぎているが、三角屋根がハイカラなムードは昔のままの洋風木造駅舎の風情。自動ドアの部分は廃止後の後付けなのだろうが、所々の装飾は良く残っている。腰壁は石造りだ。

 この辺りの洋風駅舎と言えば、仙山線の北仙台駅も思い起こさせる。ただ北仙台駅舎は、形こそ保たれているが、新築同然で趣に欠けてはいるが…。あと函館本線の大沼公園駅によく似た建物だ。

初代松島駅旧駅舎、デイケア施設の松島健康観に転用

 写真をあれこれ撮っていると、正面に車が1台、また1台と停められていった。デイケア施設で午後3時過ぎ、お年寄りの方々が帰宅する時間帯で、送迎準備のようだ。ちょっと遅ければ駅舎に被ってしまったが、古い駅舎が活用されている光景も肌で感じられ嬉しいもの。面白い時間に来たものだ。

 「あ、どうも~」
と職員さんが、突然の闖入者にも快く挨拶をしてくれる。

 中をチラリと見ると、だいぶ改修されていて病院の待合室みたいだった。でも職員さんが
「あのへんが前に改札があった場所らしいですよ」
と少し奥まった所を指し教えてくれた。そのあたりにはサッシの扉があった。さっきの裏手のコンクリートの階段がある場所だった。

いまだに残るレトロ駅舎の粋

 幸いにも前景は撮影できていたので、細かい所を見ていく事にしよう。

東北本線・初代松島駅旧駅舎、屋根のドーマー窓

 赤い屋根には、左右にドーマー窓が載っている。

東北本線・初代松島駅旧駅舎、壁の卵型の装飾

 壁には縦にレリーフのような装飾が入れられている。特に卵型のレリーフがいくつも並んでいるのが印象的。

東北本線・初代松島駅旧駅舎、車寄せの洋風の装飾

 健康館の出入口に埋もれるようなコンクリートの古い柱にも、ちょっとした装飾が施されている。

東北本線・初代松島駅旧駅舎、車寄せ軒の支え

 自動ドアが埋め込まれた車寄せだが、軒の部分は昔の造りを流用しているのだろう。持ち送りっぽい木の造りが少しだけ姿を覗かせている。

東北本線旧線・初代松島駅舎、角の台座

 正面の両方の角には、人口石材の土台のようなものがあった。ちょっとガタが来て建物からやや外れ気味だったので、単なる装飾なのかもしれないが…

東北本線旧線・初代松島駅、プラットホームの跡?

 またホーム側に出てみようと、駅舎右手側にまわった。道路に降りるコンクリートの階段があったが、いちばん上の段を見ると、縁に敷かれた板だけが妙に使い込まれているのに気付いた。これは…!もしかしたらプラットホームの跡なのではないだろうか?古いプラットホームでは、縁に石材かコンクリートの板が敷き詰められている事もある。初代松島駅のプラットホームは、この部分だけ奇跡的に残っていたのだろうか!?ちょっと低い気もするが…

東北本線旧線の跡、初代松島駅旧駅舎と周辺の風景

 健康館は道沿いより奥まった所に建ち、その前には車が何台も止められるほどのゆったりとしたスペースがある。かつての駅だった名残を感じさせた。タクシーが客待ちをしているのが似合う風情だ。

 離れがたくいつまでも見ていたいが、後ろ髪引かれる思いで松島駅舎から離れた。愛宕駅に向けて歩いている私を、さっきまで松島駅舎前に止められていた車が追い抜いていった。お年寄りを自宅まで送りに出発したのだろう。

[2022年(令和4年)5月](宮城県松島郡松島町)

レトロ駅舎カテゴリー:
旧国鉄の保存・残存・復元駅舎

初代松島駅FAQ

  • 初代の松島駅はどこにある?

    宮城県宮城郡松島町初原字岩清水1-1。現在のJR東北本線・松島駅より北に約2.5㎞に位置。

  • 初代松島駅へのアクセスは。

    JR東北本線・愛宕駅より、県道8号線を道なりに西に歩き1㎞弱、約15分。しかし愛宕駅ホーム真下をくぐる細道が、ほとんど面影が無いとは言え東北本線旧線跡なので、そちらを歩く方が興味深い。西に約15分。

  • 初代松島駅はいつ廃止された?

    1962年(昭和37年)7月1日。東北本線、通称「海線」の岩切-品井沼間の複線化を機に廃止。

  • 「山線」廃線後、旧松島駅舎はどうなった?

    松島町に払い下げられ国民健康保険診療所などに使われた。現在では、松島町健康館デイサービスセンターとなっている。