前から気になっていた勇知駅へ…
深夜0時にホテル入りして5時間後、早くも稚内駅にいた。すっかりきれいになった稚内駅に改めて驚きながら5時20分発の上り一番列車に乗った。乗客は私を含め数人…それも全て鉄道ファンっぽい雰囲気だった。
後で訪れる抜海駅を車窓がかすめ一駅、まだぼんやりと暗い勇知駅に列車は進入した。私はここで下車した。
勇知駅は2021年の廃止予定駅には入っていない。しかし不思議な印象からどうしても訪れたいと思っていた駅だ。ある夏の日、夕日が差す車内に響いた「ゆうち、ゆうち」と無機質な自動音声は、今でも妙に耳に残っている…
勇知駅の駅舎も他の宗谷本線の無人駅のように、貨車の廃車体を再利用したものだ。しかし外壁が取り替えられ全く別物になっていて、内部もきれいだ。ベンチひとつひとに「ゆうち」と縫い込まれたカバーが掛けられ、放置状態ではない人の温かみを感じさせた。
集落を歩いた。駅と目と鼻の先に、新しそうな診療所が建ち、1件の商店があり、郵便局もある。民家もぽつりぽつりと建ち、こじんまりとしながらも生活の気配を感じた。
駅に戻ってきた。駅舎の周りは地元の人々が丹念に育てた花々で彩られていた。
稚内行きの普通列車の時間が近づくと、人がひとり、またひとりと集まってきた。昨日巡った宗谷本線名寄以北の無人駅では、地元の生活利用客はほとんどいなく、廃駅に至る現実をまざまざと見せつけられたので、意外な光景に思った。南部では士別、名寄、美深と言った主要駅からのバス路線があり、宗谷本線と競合している。むしろ列車が削減された宗谷本線より運転本数が多く、きめ細かく停留所が設置されたバスの方が便利なのだろう。しかし、北部では、天塩中川駅や音威子府駅に自治体運営の町民バスが少しあるだけだ。なので住民たちにとって宗谷本線は唯一の公共交通機関なのだ。
勇知駅では私も含め5名の乗客が稚内行きの列車に乗り込んだ。車内は立客こそいなかったものの、通学生など席はだいたい埋まっていた。ささやかながらも、朝のローカル線らしい光景でホッと一安心した。
存廃で揺れる抜海駅
北に一駅戻り抜海駅にやってきた。私の他にも、鉄道ファン数人が下車し、入れ替わるように学生がひとり乗り込んだ。
さあ、12年ぶりの抜海駅だ。
抜海駅は日本最北の無人駅、そして木造駅舎がある駅とした旅人に人気だ。しかし2021年廃止予定駅としてあげられている。
21世紀に入り、宗谷本線をはじめJR北海道の無人駅がじわじわと廃止されてきた。その中で、ほとんどのケースで惜しむ声は聞かれても、さしたる反対もなく廃止されてきたという印象だ。しかし抜海駅は違っている。例え利用機会は少なくても、地元の貴重な交通機関だ。そして、旅人に広く愛されているので観光資源として活用できる可能性もあり、廃駅には反対の声が大きい。無人駅は、除雪、清掃、光熱費などで年に百万円以上の維持費が掛かると言う。JR北海道はそういう駅をたくさん抱えているのがつ辛い所で、稚内市も存続には消極的なようだ。抜海駅が好きなので、何とか存続して欲しい。1年後、どうなっているだろうか…
駅舎正面を眺めてみた。12年前、パステルグリーンのトタンの屋根は少し錆びた程度だったが、すっかり色が抜けてしまった。そして駅舎正面にあった自転車置場は無くなっていた。以前は数台の自転車が止められていたのだが…。味わいある最北の木造駅舎は佇む。しかし、ゆっくり衰退してく様はどこか切ない。
次の上り列車は2時間以上も先なので、海岸の方に歩いてみた。
15分位歩くと日本海側に出た。交差する道道106号線は23年前、私が自転車で稚内を目指し走り抜けた道だ。あの時は、今、歩いてきた抜海駅の道を意識する事は無かった。しかしマイペースながら北にひたすら走り続けたあの時の事を思い出すと、不思議と23年前の自分と一瞬、邂逅したような気分になった。
左を眺めると、少し遠くに抜海の集落があった。そして背後には雄大な利尻富士がそびえる。雲で上半分が隠されているが、それでも集落を圧するようにそびえる様に、思わず感嘆の声を漏らした。
再び駅に戻り過ごしていると、車やバイクで訪れる人がちらほらといた。やはり旅人には人気の駅だ。
ホームで列車を待っていると、縁に「た し か に」とペンキで書かれていて、反対ホームにも同じように書かれているのに気付いた。駅員さんの安全確認のためなのだろう。30年以上も昔、秘境駅なんて言葉が無かった時代の抜海駅はどんな感じだったのだろう…
廃止される上幌延駅
抜海駅から上り列車に乗り、前夜の睡眠不足でうとうとしていると、いつの間にか幌延駅だった。危ない、もう少しで目的の上幌延駅を乗り過ごしてしまうところでった
幌延駅を出た列車は市街地を抜けると、原生林や牧場の中を延々と走り続けた。ああ…後でこの道を歩かなければいけないのかと思うと、少々うんざり。
そして上幌延駅に到着し、降りたのは私一人で乗ってきた人は当然のごとくいなかった。
上幌延駅は、一面一線のホームに貨車駅舎がのっかる宗谷本線の典型的な無人駅だ。駅周辺の家屋は1軒だけ。人の住んでいる気配があったのは救いに思えた。
ああ、今日は見事な晴天だ。古びた貨車駅舎の上に広がる青空がいっそう映える。
駅舎の中に入りたかったのだが、工事作業員と思しき男性が二人いて入りづらい。上り下りとも次の列車は6時間後なので、昼の休憩で利用しているのだろう。無人駅ではたまに見かける光景だ。
駅舎は紋穂内駅ほどでもないが、傷みが目立った。
上幌延駅も2021年での廃止が予定されている。幌延町は町内の宗谷本線8駅中6駅が秘境駅ランキングに入ってる事から、秘境駅を町おこしにに活用しよう取り組んでいる。物置が待合室となっている糠南駅、木造駅舎が残り駅前が無人地帯の雄信内駅あたりが有名だ。
しかし、利用客が少ない駅は廃止か地元負担で存続かをJRに求められ、遂に2021年度に上幌延駅と安牛駅が廃止される事になった。秘境駅で町おこしとは言え、財政的な負担もあり、選択を迫られたのだろう。両駅の中間にある南幌延駅は両駅の代替になるとして生き残った。
上幌延駅周辺は、かつて幌延の中心地だったという。しかし宗谷本線が延伸し幌延駅が開業すると、街の中心は幌延駅周辺に移った。上幌延駅から幌延駅に歩いたが、牧場と原野が続くだけでそんな面影は全くなかった。南下沼駅が廃止され、数年後に列車で通りかかった際、駅跡に全く気付かなかった。僅か数年でこうなってしまうので、90年という年月は街の跡を呑み込んでしまうのに十分すぎる年月だ。「上」とつく駅名だけが、その面影を留めている。しかし、それももうすぐ無くなってしまう。
開業時の姿に復原された天塩中川駅
幌延駅から特急サロベツ4号に乗り、天塩中川駅で下車した。
天塩中川駅は、無人化されていたが、木造駅舎が残っていた。その木造駅舎は2014年に中川町が譲り受け、開業時をイメージした姿に改修されたと聞いて、訪れたいと思っていたのだが、ようやく叶える事ができた。
実際に目の当たりにすると、素晴らしい出来に驚かされた。まさに開業時を思わす素朴な造りと、駅舎正面出入口の三角の部分など、いかにも北海道の木造駅舎らしい造りだった。
駅内部も木を基調にした温かみのある造りだ。旧駅事務室部分は「交流スペース」として利用されている。そのうち月に3日ほどはカフェとして営業している。カフェの営業日を狙った訳ではないが、計画したこの日は、たまたまカフェの営業日という幸運!
カフェの営業時間は15時までなので早速入店した。内部は地元の主婦と思われる3人組がいた。近年、地方の街では飲食店が減っているが、月に一度でも、集まれる場所ができるたのは良い事だ。
内装は木の温かみを感じるシンプルな雰囲気。カフェのカウンターは木の実や植物がお洒落に展示されていて、都会の今どきのカフェのようだ。
飲み物はオーガニックやグァテマラなど何種類かのコーヒーを揃え、中川サイダーなど地元の製品も。多くは無いが粒ぞろいだ。暑かったので、アイスコーヒーを頼んだ。作り置きやパックから注いでいるのではなく、サイフォンで手間暇かけて淹れてくれていた。
コーヒーができるまでちょっと内部を見学した。新築のように改修されたが、窓口跡は昔の造りを留めいた。
コーヒーはホーム側の長テーブルでいただいた。これでもっと列車が来て、眺めながらいただければいいのだけど…
(※関連ページ: 天塩中川駅訪問記)
哀愁の豊富駅
天塩中川駅からはサロベツ1号で稚内方面に折り返した。特急列車で駅巡りとは贅沢なものだが、HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パスのお陰だ。
列車は16時48分に豊富駅に到着した。あんなに晴れていたのに、いつの間にか雨が降っていたようで、雲は厚くプラットホームはしっとり濡れていた。
特急が止まる主要駅だが、隣接する観光案内所による簡易委託駅だ。窓口は閉じられキオスクの跡も残る。昭和の高度経済成長期型のコンクリート駅舎はもやはレトロな味わいを醸し出す。誰もいない薄暗い待合室が夕日に照らされているのが、どこか侘しさ募らせた。
今日の宿は豊富駅からバス10分の所にある豊富温泉だ。昨日は朝から夜遅くまで動いていたので、せめて今日は少し早めに宿に入り美味しいものを食べたいと思っていた。
実はこの豊富駅が今回の宗谷本線駅巡りの締めの駅だ。そう思うと、一抹の寂しさが混じる。
程なくしてバスがやってきた。このバスは国鉄羽幌線を代替するルートを通る日本でも最長クラスの距離を走る路線バスだ。この便は羽幌止まりだが、通しで留萌までの運行だと、乗車時間は4時間に及ぶ。明日は鉄道から少し離れ、この路線で一気に南下する。
雨が止み、空が茜色に染まり始めた頃、バスは豊富駅を離れた。
[2020年(令和2年) 9月訪問]
この旅の続きは以下へどうぞ。
『沿岸バス・豊富留萌線乗り通しの旅(1)~豊富駅‐豊富温泉~』
宗谷本線12駅の廃止が決定
2020年12月9日、JR北海道から2021年春のダイヤ改正に関する発表があり、その中で、宗谷本線12駅を含む18駅の廃駅が発表された。宗谷本線の12駅とは、今回の旅で訪れた南比布駅、紋穂内駅、豊清水駅、南美深駅、上幌延駅。そして今回は訪れなかった北比布駅、東六線駅、北剣淵駅、下士別駅、北星駅、安牛駅、徳満駅だ。廃止反対の声が大きかった抜海駅は存続が決まった。その代わり2020年4月時点ではあげられていなかった豊富町の徳満駅が廃駅リスト入り。
JR北海道では、まだ廃止基準となる駅を抱えているが、塩狩駅など存続される駅は、沿線自治体の負担による維持管理へ移行される。
21世紀に入り、JR北海道では、じわじわと廃駅が進んだが、近年の経営難を背景に、廃駅がいっそう加速した感だ。