宗谷本線・抜海駅~日本最北の木造駅舎、そして無人駅へ…~



二つの「最北」が旅人を引きつけてやまない秘境駅

 宗谷本線終点の稚内から2駅南の抜海駅へ…。ここより北の稚内駅と南稚内駅はコンクリート駅舎なので、この駅舎こそが日本最北の木造駅舎のある駅だ。

宗谷本線・抜海駅、大正13年に建てられた最北の木造駅舎

 駅は1924年(大正13年)の開業。この小さな木造駅舎はそれ以来、冬の厳しい寒さに耐え続けてきた。地吹雪が酷く、海の方を向いた駅舎には、やや内陸に入った所にあるとは言え、日本海から極寒の風が容赦無く吹き付けてくるという。そのためさすがに痛みが出てくるのだろう。外壁の一部は新建材で改修され、趣はいまひとつだが、厳しい環境に置かれた木造駅舎が80年以上、生き抜くためには必要な事だろう。

 駅前に自転車が数台停められ、数少ないながらも地元の利用者がいる事を物語る。

宗谷本線の秘境駅抜海駅前、最果て感漂う風景

 駅前に立ち風景を眺めると、人家が数軒あるのみで、周囲には原野が広がる。秘境駅と言えるような駅だろう。空を遮る高い建物は一つも無く、青い空がどこまでも広がっている。最果てに来たもんだなぁとしみじみと実感する。

 十数年前の8月、1990年代前半に、この駅で降り立った時の事をふと思い出してた…
~~夜行急行利尻号を一夜の宿とし、朝の6時に稚内駅に着いた。その後、始発の上り列車に乗り、2駅戻り抜海駅に降り立った。今思えば、なんで抜海駅を訪れようと思ったかは思い出せないが…。
早朝の木造駅舎には誰も居ず静まりかえり、片隅にビニール袋に包まれた新聞の束が置かれていたのが記憶に残っている。これから地元の新聞屋さんが取りに来て、各家庭に配られるのだろう。
列車の時間までまだあり、駅前から日本海側にやや歩いた所に原生花園があると地図に標されていた。歩いてみたのだが、行けど行けども原野が広がるだけだった。花のシーズンはとうに過ぎていたようだ…~~

宗谷本線・抜海駅、最北の木造駅舎の風格感じる風景

 駅舎のホーム側は木の質感とたっぷりと残し、最北の木造駅舎の風情を十二分に漂わしている。北国の駅舎らしく、軒下は壁でしっかり覆われ風除室になっている。

 抜海という地名の由来はアイヌ語で「パッカイ・ペ(子を背負うもの)」による。抜海市街はずれにある岩の形がら取ったらしいが、「海を抜ける」或いは「海に抜ける」という響きは、海に・・・、日本海に近い立地を感じられ、この駅に相応しいいい駅名だと思う。

 宗谷本線の抜海-南稚内駅間は、人家一つ無い原野の向こうに、日本海に浮かぶ利尻富士こと利尻島が眺められる絶景区間で、そのためこの区間で徐行してくれる普通列車もある。私も車内からその風景を眺めた事があるが、その様はまさに海に富士山がそびえているかの如くだった。

最北の木造駅舎にして無人駅の抜海駅、植木鉢の花

 冬は桁外れの寒さで雪深くなるとは言え、夏の日中は半袖で大丈夫なほど暑い。とは言え、本州の酷暑を思うと、カラッとしていて快適だ。駅舎に添えられた植木鉢や花壇で育てられた花々が、短い夏を謳歌している。

宗谷本線・抜海駅の木造駅舎、ホーム側の風除室

 プラットホームから駅舎に入ると、頑丈そうな風除室になっていた。僅かばかりとは言え、寒さが和らぎそうで、冬でも心強そうだ。木の板の壁で、床は板敷きで古さを感じる空間だ。

宗谷本線、最北の無人駅・抜海駅、塞がれた窓口跡

 待合室の中には旧窓口跡の痕跡が残っている。駅は1986(昭和61)年に無人化された。抜海駅は日本最北の木造駅舎であると同時に、最北の無人駅でもあるのだ。

 窓口は板で完全に塞がれてしまった。しかし、左側の出札口はカウンターが残り、有人駅時代の造りを比較的良く留める。一方、右側の手小荷物用窓口も木製の台がしっかりと残る。北海道の駅にしては、窓口は昔の形状をよくとどめている方と言える。手小荷物用窓口の幅は出札口の2倍以上もあり、どっしりとした感じなのが今日でも印象的に映る。貨物輸送の需要が大きく、荷物が盛んに発送されたり受け取られたりしていたのだろう。

宗谷本線・抜海駅の木造駅舎、出札口(切符売場)跡

 出札口跡には、金銭や切符の受け渡しをする木製のトレーが、板で塞がれた中から僅かに姿を覗かせる。周囲には何故かUFOキャッチャーのぬいぐるみが置かれ、静寂さ漂う無人駅に華やいだ不思議なムードを漂わせている。

宗谷本線・抜海駅、駅舎内の待合室

 待合室内部は手入れされていて、壁はクリーム色の塗られ、窓枠や木枠などはアクセントのように赤く線のように塗られていた。古い木造駅舎ながら廃れた雰囲気は感じない。

抜海駅・窓口跡、手小荷物窓口の継ぎ目を塞ぐ木の装飾

 駅舎を観察していて、あちこちの継ぎ目や木の接合面に、ちょっとした装飾が施されているのに気づいた。これは小荷物受付窓口の台で、ノコギリの歯のようにギザギザに刻まれた棒のようなものが、継ぎ目を塞ぐかのようにとりつけられている。

宗谷本線・抜海駅の木造駅舎、壁の継ぎ目を塞ぐ木の装飾

 そして、待合室と風除室の間の扉の上部の継ぎ目にも、同じように木の棒のようなものが取り付けられていた。よく見ると模様が彫り込まれている。この他、屋外の外壁の継ぎ目にも、棒のようなもので塞がれている箇所がいくつもあった。なんでこんなものがと不思議に思った。ただの飾りかもしれないが、もしかしたら木と木の接合部分の僅かな隙間から冷気が入ってくるのを少しでも防ぐために、隙間を塞いだのだろうか…。

宗谷本線・抜海駅、石積みの古いホームとJR北海道仕様の駅名標

 ローカル線の小駅だと、交換設備が廃止され、片方のプラットホームが廃止され荒れている駅も多いが、抜海駅のものは立派に現役だ。1番ホームから2番ホームを見ると、石垣で組まれた昔ながらの造りなのが味わい深い。周囲には鉄道林が植えられ、地吹雪から駅と鉄路を懸命に守っている。

宗谷本線・抜海駅、木造駅舎屋外の壁に掛けられた温度計

 駅舎の外壁に温度計が掲げられていた。太陽の光が眩しく降り注ぐ今は25度だが、真冬には一体どれ程のマイナスを指し示すのだろうか・・・。

[2008年(平成20年) 8月訪問](北海道稚内市)

◆レトロ駅舎カテゴリー: 二つ星~JR・旧国鉄の二つ星駅舎~

追記: 抜海駅廃止か?

 2020年3月27日、沿線自治体で構成される宗谷本線活性化推進協議会が、JR北海道が提示した宗谷本線13の無人駅廃止を受け入れる方針と報道された。その中にはこの抜海駅や北星駅と言った、鉄道ファンにも知られた駅も含まれていた。廃止時期は来年2021年3月のダイヤ改正時となる見込み。

 抜海駅の廃止に関しては、僅かながらもいる地元の利用客はもちろん、日本最北の秘境駅として旅行者に人気なだけに大きな衝撃だった。反対の声がほとんどあがらず廃駅となってきた他の北海道の無人駅と違い、存廃が大きな問題となっている。


 2020年9月、抜海駅など宗谷本線の廃止予定駅を巡る旅をした。抜海駅の現状は下記のページへ。

宗谷本線北部、失われる駅と生き残る駅~2021年廃止予定駅と気になる無人駅を巡る旅2日目~

抜海駅基本情報+

鉄道会社・路線:
JR北海道・宗谷本線
所在地:
北海道稚内市抜海村字クトネベツ(→Google Map)
駅開業年:
1924年(大正13年)6月25日
駅舎竣工年:
1924年(大正13年)※開業以来の駅舎
駅営業形態:
無人駅※日本最北の無人駅!
その他:
駅ノートあり。駅から西に約2km行くと、日本海に面したこじんまりとした街に出る。