懐かしのレストランが時代を超えて復刻
那覇から飛行機や列車を乗り継ぎ、門司港駅に到着したのは午後1時半過ぎだ。
門司港駅と言えば、重要文化財に指定された大正3年(1914年)築の洋風木造駅舎が鉄道ファンならずとも有名で、往時の洋風建築が多く残り観光客で賑わう門司港レトロ地区の玄関口であり中心的な存在だ。
歴史ある木造駅舎は2012年からの大改修工事に入った。そして7年という長き時を経て竣工の大正当時の姿に復原され、2019年3月10日、私たちの前にその姿が完全に披露された。
その時に、駅舎2階に蘇った「みかど食堂」に向かった。みかど食堂は、1899年(明治32年)に日本で初めて食堂車を設置した山陽鉄道(現在の山陽本線)で食堂車を運営し、全国の駅構内でもレストランを運営していた。この門司港駅でも、現駅舎竣工の大正3年に高級洋食レストランを構え、関門連絡船の利用客などでとても賑わったという。
しかし時代は移り、1951年(昭和26年)に1階に移転、1981年(昭和56年)に閉店となり、大正以来の歴史に幕を閉じた。
それから四半世紀以上の時を超え、平成が終わろうとしている頃、みかど食堂は復刻された。国内外から高い評価を得ている東京南青山のレストラン「NARISAWA」が監修し、往時をオマージュした洋食を提供する。
14時以降でもティータイムとして利用できるが、せっかくなので料理を味わいたかった。なのでランチのラストオーダーとなる前に入店しなければと思った。
復原された貴賓室
駅舎の中に入らず右側を見ると、みかど食堂の看板を見つけた
中に入ると、吹き抜けの空間の下、木の階段が2階へと続いていた。早速、眼前に広がったレトロなムードを踏みしめるように階段を上がった。
2階に上がると廊下が伸びていた。装飾はシンプルで落ち着いているが、歴史感じさせる雰囲気だ。廊下右側にみかど食堂がある。大仰な駅舎だがこうして見ると、意外と狭く見えるものだ。
突き当りにはエレベータがあった。大正の洋館だが、バリアフリー対策も万全。このエレベーターはスターバックスコーヒーの店内に繋がっている。スタバの店内は通路として使っていいのだろうが、現代の公共施設に必要とされるものを工夫して取り入れた跡が垣間見える。
左側には、まず次室と呼ばれる部屋があった。隣の貴賓室を利用した高貴な人のお付きの人が控えた部屋だ。
そして次室の隣には貴賓室が復元されていた。天皇陛下や皇族、要人など、身分の高い人々だけが使えた特別の一室。かつては関門連絡船が発着する九州の玄関口として、いかに重要な駅だったかをうかがわせる。
日が差し込み赤く眩しいばかりの壁は、当時の壁紙を元に復元したもの。
かつてはゆったりとしたソファーや置物など、豪華な調度品が置かれていたのだろうが、今は丸テーブルと椅子だけと至って簡素。この貴賓室、みかど食堂の個室として、室料など少し高い料金を払えば、誰でも利用できる。あえてお金を出して、VIP気分を味わうのもいいかもしれない…
次室の窓からは終端駅独特のプラットホームや、車両が留置されている側線が見渡せた。隣の貴賓室からも同じような眺めが広がっていたのだろう。
往時のレストランをイメージしたみかど食堂でランチ
貴賓室と次室を一通り見た後に、みかど食堂に入った。
ランチタイムのピークを過ぎていたためか、先客は一組だけと拍子抜け。いや、緊急事態宣言こそ解除されたが、コロナ禍で外食や外出を控えている人がまだ多いのだろう。
そのお陰で、窓際のいい席に案内してもらえた。テーブルは駅舎正面側の広場に面している。
メニューはカレーセットなど各種のランチセットを揃えている。折角なのでちょっと奮発して4000円のコース料理にした。
入れ替わるように先客が出ていったため客は私一人になってしまった。料理が出てくるまでのひと時、許可を得て店内を見てみる事にした。
天井は木のレトロな造りで大正の木造駅舎らしさ溢れる。旧みかど食堂では、シャンデリアが吊るされた高級さ醸し出す内装だったという。今は時代の香りを残しつつ現代的な洒落たレストランと言った感じだ。
店内は現代風の内装だが、落ち着いた色使いで上手く大正の駅舎に溶け込ませている。棚には陶芸作品がさりげなく展示されていた。
奥の3席は仕切りで区切られた個室風の造り。窓に面した角の席が良さげだ。
改修されきれいになった室内にあって、扉の採光窓の枠にひっそり刻まれた花のレリーフは、古い木の質感を感じさせた。ここは昔からの造りなのだろう。
前菜は自家製ハムやタイの刺身など三種。フープはオニオンポタージュ。
悩みながら選んだメインは鹿児島産ビーフのカツレツ。レア気味の揚げ加減にデミグラスソースが映える逸品。ご飯は諫早産。
木目浮き出る窓越しに門司港レトロの街並みを眺めながらの食事をしていると、旧みかど食堂が在りし日の、門司港駅の古き良き時代を味わっている気分にちょとだけなれたような気がした。
デザートは3種のプチケーキ。八女茶を使った抹茶ケーキ、福岡産のいちごのケーキとチーズケーキ。
九州の食材にこだわった料理は旅行者には嬉しく、もちろん美味しかった。次に門司港駅に訪れた時も是非利用したい。
貴賓室側からとは反対の出入口には謎の小部屋があった。階段上の吹き抜けの真上に造られたと言った不思議な位置だ。中は小上がり風の絨毯敷きになっていた。何のための部屋かと思ったが、カウンターがある造りを考えるとキャッシャーだった所だろうか?いや、高級レストランだった事を考えるとクロークだろうか…?
眠っていた旧みかど食堂の貴重な備品
駅舎正面左端の手小荷物取扱い所だった部分に、門司港駅に関する資料を展示するスペースがあった。その中に旧みかど食堂や貴賓室に関する物もいくつかあった。
「飲食店営業」という古い木の看板は、福岡県による営業許可を示した看板だ。まだ北九州市成立前で、住所は門司市となっていた。
標された昭和26年は、2階から1階へ店舗を移転した頃という。その頃、既に関門トンネルが開通していて、関門連絡船は残っていたものの、メインルートから外れていた頃で、門司港駅は開業時とはだいぶ違う雰囲気になっていたのだろう…
伝票は壁の中に落ちていたのを工事中に発見したものという。ビーフステーキ、ビーフカツレツ、ロールチキン、カレーライス、ハムサラダetc…、セピア色の紙の束からはレトロな洋食の香りが漂ってくるかのよう。
コーヒーカップは高級陶磁器の代名詞のノリタケ製。古いマッチ箱はみかど食堂の広告付き。
白黒の絵葉書は、現駅舎とみかど食堂が営業を開始したての大正3年頃のもの。当時の様子が興味深い。
大改修により、貴賓室まわりからも当時の様々な部材が発見された。
あの貴賓室の赤い壁紙は、個人の方が所蔵して当時の壁紙を参考に製作したものだ。貴賓室の壁に残っていた部材と成分を比較したところ、両者は一致したという。よくそんな貴重なものを所持したいたもの…
その他、カーテン片や便器の破片も発見された。便器は大正2年にイギリスのトワイフォード社から直輸入したもので、破片にはライオンが描かれた商標と共にENGLANDの文字が標されていた。たかが便器に舶来品を使うとは、やはりVIPを接遇する設備として隅々まで気を使っていたのだ…
[2021年(令和3年) 3月訪問](福岡県北九州市門司区)
- レトロ駅舎カテゴリー:
- JR・旧国鉄の三つ星レトロ駅舎