曳家後の浜寺公園駅旧駅舎、カフェにギャラリーに工事中でも活用中



109年の歴史を誇る明治の洋風駅舎、未来へ…

 南海電鉄本線、堺市にある浜寺公園駅と言えば、明治40年(1907年)築の洋風木造駅舎が有名だったが、南海本線の高架化により2016年に109年の歴史に幕を下ろした。しかし、新駅舎前での保存が決まり、高架化工事の真っ最中だ。

 工事期間中、旧駅舎は「曳家(ひきや)」という工法で、解体せずそのままの姿で仮の場所に移動、保存される。

 新駅舎の供用開始は2028年3月の予定という気の長くなるような先の話。それまでの間、旧駅舎は暫定的にカフェやギャラリー、イベントホームとして活用される事になった。

緊張の?曳家工事

 まずは2017年末に行われた曳家の様子から。曳家は11月28日から3回に掛けて行われ、私は最後となる3回目の12月18日に訪れる事ができた。

 浜寺公園駅でホームに降り立つと、旧駅舎はプラットホームから確かに引き離されていて、2回の曳家で確かに移動させられているのを実感。見慣れた風景が様変わりしているに戸惑った。

保存に向け曳家中の浜寺公園駅駅舎

 そして正面に回った。報道されていたので、仕切りの前には人だかりができていた。仕切りの色が透明で、歴史的な工事の様子が良く見られるように粋な配慮がされていた。

曳家で移動中の浜寺公園駅旧駅舎

 旧駅舎は、2回の曳家で、南西の方に移動させられていた。3回目となる今回は、東西の方向に敷かれた7線分のレールの上に載せられていた。そのレールはキャンプファイアーのように組まれた、鉄材やら木材の台の上に敷かれていた。旧駅舎は作業のため、下部一帯が溝のように掘削され、地面よりも1mほど高い場所に掲げられるように位置していた。

浜寺公園駅、曳家をする作業員さん

 1線のレールにつき大体3ヶ所、台車のようなものがあり駅舎を載せていた。台車のようなと言っても車輪ではなく、鉄の棒のコロが何本も下敷きになっていて、少しずつレールの上を進むたびに、後ろのコロをいちばん前に持ってきて、また前進させ、また後ろのコロを前に…という作業の繰り返し。地震に襲われたらコロや台がずれて、駅舎が崩れ落ちるのではと心配になってくる。そして時間が経ちよく見ると、確かに駅舎はちょっと動いていた。

 地道だけど大胆、そして繊細な作業が無事に完了する事をただ祈った。

生き証人たち

 曳家が無事に終わった約4ヵ月後の2018年4月15日、暫定位置での浜寺公園駅旧駅舎の活用が始まった。私はその約2ヶ月後、「仮の姿」を見に、再び浜寺公園駅を訪れた。

曳家が終わり暫定位置に置かれた浜寺公園駅駅舎

 曳家中は脆そうなレールの上に載せられていたのが、素人目には危なっかしく映ったもの。今はアスファルトでがっちりと固められていた。これが仮の場所とは信じられない位、しっかりと根を下ろしていた。

 そして2016年の1月の使用停止以来、封鎖され、手の届かない所に行ってしまったのような姿を寂しく思ったものだ。正面に駅名看板を掲げていないのが少し寂しい気もするが、貴重な鉄道遺産たる明治の洋風駅舎が、また私達の前に戻って来てくれたのは、ただ嬉しく思う。

南海・浜寺公園駅前、昔からの食堂跡

 初めて浜寺公園駅を訪れたのが2003年。駅前通は狭い道に飲食店などが並ぶ昔ながらの風情だったが、道路の拡張工事などで訪れるたびに風景は変わっていった。

 しかし、この一軒のレトロな食堂だけそのままの姿で残っていた。写真を撮っていると、男性のご老人に話しかけられました。
老「もう、そこやってないのかねぇ」
私「みたいですね。7、8年位前にここで食事した事があるのですが。」
老「ワシは60年前の学生の頃から使っていたがね。ワハハハ」
突然の生き証人の登場にびっくり!!


 さあ…、長かったような、短かったような空白の時をかみしめつつ…、あの駅舎に足を踏み入れた。

浜寺公園駅、ギャラリーになった旧特等待合室

 現在は「浜寺公園ステーションギャラリー」として活用されている旧駅舎の右側部分は、かつての特等待合室。その存在と瀟洒な造りを残しているのは、浜寺公園駅が昔はリゾート地として賑わった頃を思い起こさせる。ギャラリーとして使われているのは、現役時代と同じ。訪問時は、浜寺公園駅や豪邸が建ち並んでいた頃の街並みなど、昔の浜寺の風景が多く展示され、一枚一枚興味深く見た。

 カフェの店員さんの1人が、ヒマなのかギャラリーの方にやってきた。その初老の女性は
「昔はおじいちゃんが駅の東の方に住んでいてね、夏には水着姿のまま海まで遊びにいったものよ…」
と懐かしそうに話してくれた。現在、海側は埋め立てられ面影は無いが、昔は海岸がすぐそこだったそうだ。駅の東側一帯は、今でも大きなお屋敷が多いが、昔はもっとスケールの大きな豪邸が多かったそう。

 立て続けの浜寺公園駅生き証人の登場に、書物で読むより、この駅が更に印象深いものになった気分だ。

歴史薫る駅舎カフェでひと息…

浜寺公園駅旧駅舎、かつてのホーム側

 駅舎の裏側…かつてのホーム側にまわると、上屋が無い状態だった。駅舎とホームが切り離されたのだからこうはなるだろう。今もプラットホームで使われている木造の上屋は古く味わいがあり、旧駅舎の一部とさえ言える存在。工事完了後、部分的にでも移設されたら嬉しいのだが。

浜寺公園駅旧駅舎、イベントホールになった改札・窓口周辺

 かつて改札口や出札口(切符売場)があった駅舎中央はイベントホールとして活用されている。こじんまりとした空間だが、鉄筋で保護されつつ、天井や床に木材が使われているのが心地よい雰囲気。歴史ある明治の木造駅舎へのオマージュを感じさせた。

浜寺公園駅旧駅舎、出札口跡

 おお!出札口が昔のまま残っていた!かつては掲示物に覆われていたが、鉄骨を並べて形づくられた金銭受けがあるのには気づいていた。でも窓部分まで木枠だったとは驚かされた。そして、こうして日の目を見るとは…。

カフェとして活用される浜寺公園駅旧駅舎

 そして駅舎左側の駅事務室跡にオープンした「カフェ駅舎」に入った。やはりこちらも元の造りを活かしつつ、木材が多用された心地よい空間。地元の図書館から本が提供され、店内はちょっとした図書館のような雰囲気。絵本が多く、小さな子供とも気軽に来られそうだ。

堺市、南海浜寺公園駅旧駅舎のカフェ

 私にはやはり、出札口裏側のこのテーブルが特等席。コーヒーとシフォンケーキを頂いた。

 食べ物はトースト、ピザトースト、ケーキ1種類と豊富ではなく、飲み物も多くは無い。しかし、コーヒーは300円、ケーキセットは500円と良心的な価格設定。自治体である堺市など、色々な非営利団体が関連しているからなのだろうが、駅舎保存のため、もっと取ってくれても全然構わない。気軽に来られる雰囲気と値段設定で、地元の人を羨ましく思う。

もうすぐ失われるだろう周辺の雰囲気を感じつつ…

 カフェを後にし、しばらく駅舎の撮影をすると、浜寺公園駅訪問の締めにと、駅前の老舗和菓子屋・福栄堂で浜寺名物の松露だんごを買った。

浜寺公園駅前、福栄堂の松露だんご
堺市、南海浜寺公園駅前

 そして、駅前マンションのベンチに座り、旧駅舎を眺めながら買ったばかりの団子をいただき、まったりとした時を過ごした。

 それにしてもベンチでのんびりと浜寺公園駅の旧駅舎を眺められたり、先程の食堂と絡めて写真が撮られるのも、曳家後の仮の場所ならではの楽しみだ。

工事中の浜寺公園駅、古い上屋の新しい木の柱

 離れがたく惜しみつつ帰路につこうと3番線で列車を待った。まだ木造の上屋が健在で、旧駅舎が接していた部分には、木の柱が新たにあてがわれていた。柱からはかすかに新しい木の香りが漂ってくる。それにしても、こんな所にもわざわざ木の柱を使うとは…。仮設だから鉄パイプにでもしていけばと思うのだが、並々ならぬこだわり。歴史ある駅への敬意を感じさせた。

 だけどこの新しい木の柱も、工事が進行すれば不用になるはず。もったいないなあと思うが、もしかしたら新駅舎か旧駅舎の上屋を再現するなど、どこかで使いまわされるのかもしれない。


 今度、訪れる時も、また風景が変わっている事だろうなと思い、離れゆく列車から浜寺公園駅を眺めた。

[2018年(平成30年) 6月訪問](大阪府堺市西区)

~◆レトロ駅舎カテゴリー: 私鉄の保存・残存・復元駅舎


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