定光寺駅 (JR東海・中央本線)~崖っぷちの秘境駅~



小学生の頃の記憶が今もなお焼き付く駅

 幼い頃の定光寺駅の印象は、私の記憶の中にいまだに焼き付いている。

 20年以上前のまだ昭和だったある日、小学校の遠足で定光寺に来た。崖にへばりついたような所に駅があり、列車から下車した時、下りホームに降り立ち異様に狭いホームを歩かされ、子供心になんて狭く危ない駅なんだと違和感というか普通じゃない何かを感じていた。

 帰る時、上りホームで列車を待った。崖に板を載せたようなホームが高い所にあり、こんなにたくさんの人が乗ってホームが割れて転落してしまわないかと不安を覚えた。そして、風景は名古屋から30分位なのに山中のような景色…。その時、定光寺で何をしたか何があったかなど、他の記憶はもう忘れてしまったのだが、定光寺駅の記憶だけが何故か鮮明に残っている。今、振り返れば、生まれて初めて私に強烈な印象を植え付けた駅…、それが定光寺駅なのかもしれない。

定光寺駅再訪

 隣りの古虎渓駅から上り列車に乗り、愛知と岐阜の県境を越え、次の定光寺で下車した。小学生の頃、数年前、そして今回と、たぶん3回目の定光寺駅訪問だ

JR東海、名古屋に近い秘境駅、中央本線定光寺駅と庄内川の渓流

 やはりあの時のように、山に囲まれ、眼下の庄内川の渓流を一望できる自然豊かな景色があった。名古屋市内から30分で来れるような風景とは思えない。そして民家は少ない。いわゆる秘境駅と言えるような駅だ。

 この一帯は愛知高原国定公園に指定され、名古屋の奥座敷とも言われているそうだ。駅名にもなった定光寺とは臨済宗の古刹で、尾張藩祖の徳川義直が眠る廟もある。

 日曜日でハイカーなど行楽客がいるとは言え、やけに賑やかだ。階段を下ると、やはり賑やかで、無人駅のはずなのに制服姿の係員が居て、お土産屋も出店している。ノボリを見ると「さわやかウォーキング」と出ている。今日はJR東海が主催ウォーキングイベントの日のため、係員がやって来ているのだ。現地集合現地解散で、運賃だけで参加でき、中高年の登山、ウォーキング、トレッキング人気のため、それらの年代の人々を中心に賑わっている。

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅、駅の下にある集落

 駅もぎりぎりのスペースなら、駅前の集落も、庄内川と急斜面に両側から挟まれたような狭いスペースだ。降りてきた階段が行き止まりで、そこから川沿いに、数軒の家屋が一軒一軒並ぶ。ここにはガスが通ってきていないようで、軒先にはプロパンガスのボンベが並ぶ。以前はこの集落の中の店が、切符の委託販売をしていたのだが、今日は開いていない。日曜日は稼ぎ時の筈で、しかも今日はさわやかウォーキングの日なのに…。もうやっていないのだろうか。

 集落の細い道を抜けると、曲がり角がある。真っ直ぐ行くと、料亭旅館の千歳樓がある。6、7階位のコンクリートのビルで、この辺りでは一番大きな建物だ。そして左に曲がると、橋があり対岸に行ける。そのまま真っ直ぐ坂を上がると定光寺だ。

 対岸から駅を見渡した。崖を切り開き線路が通り、その途中に駅がある。駅前の集落と千歳樓以外、駅周辺は新緑に包まれ、駅は崖にへばりつくように崖っぷちに存在している。このような立地の路線はそれほど珍しく無い。だが、中央西線の多治見以遠、太多線沿線は宅地開発が進み、中央西線は名古屋方面への通勤通学者などで賑わう都市型の路線となった。そんな中で、異空間のように、ローカル駅の定光寺が存在するのは不思議で奇妙な感じがする。有名どころで例えると、山陰本線の京都市内の駅、保津峡駅のようなものだ。定光寺駅は名古屋近郊屈指の秘境駅と言えるだろう。

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅、上下ホームの連絡通路

 対岸で写真撮影をして、駅に戻ると、先ほど居たJR東海の係員はいなくなり、テントは跡形もなく消えていた。まだ、ハイカーが少し残っているが、駅は徐々にいつもの静けさを取り戻しつつある。

 階段を上がり、駅に降りた時下ってきた上りホームへの階段を上がらず、崖をぶち抜いた地下通路のような下りホームへの通路を歩いた。

 階段を上がり切ると、背後に90度近い崖がそり立つ下りプラットホームに出た。緩くカーブしたホーム2面2線の相対式ホームで、下りホームは上屋の下にベンチが置かれた待合所があるのみだ。ホームはあまり広くなく、ビュンビュンと列車が高速で通過し、上屋は幅が狭く心もとなく、列車待ちや悪天候やの時は、地下通路の階段入口辺りで待っていた方が安心だろう。

中央本線の秘境駅・定光寺駅、崖っぷちのホーム越しに駅前を見下ろす

 反対の上りホームを見てみた。崖に柱など鉄筋にコンクリートの板が組まれているが、薄っぺらく見える部分もあり、ホームの隙間から先程歩いた地上の風景も垣間見える。小学校の遠足で、あのホームに立った時は、少し恐さを覚えたものだった。

 そして、下りホームを名古屋方に歩くとホームの幅は更に狭まる。ここで列車を待つのはかなり危険で、かつてこの光景を前に、子供心にそう感じた過去の記憶と自然と重なった。

JR東海・中央本線・定光寺駅、狭い下りホームを特急しなのが通過

 定光寺駅は普通列車しか停まらず、特急しなの、セントラルライナー、快速列車、貨物列車と、通過列車は多い。危険を避けるため、また通過列車の風圧にカメラが煽られないため、体を壁に密着し安定させカメラを構える。ちょうど、特急しなのが猛然と突入し、体が揺さぶられそうになりながら、風圧に耐えた。

 下りホームの少し離れた所で、何か白いものがうごめいているのが目に入った。目の錯覚か猫だなと思いながら気になり、古虎渓方に歩くと、それは猫ではなく、犬だった。毛並みは乱れ薄汚れている様子を見ると、捨て犬か迷い犬だろう。

 だけど、どうやってこの崖っぷちの駅に入り込んだのだろうと思っていると、何と線路の上を名古屋方面に向かってトボトボと歩き始めた。危ない!そんな事をしたら、高速で通過する列車に跳ね飛ばされ、血まみれになり体がぐしゃぐやにされ死んでしまうだろう。しかも、列車本数が多くなる夕方だから、その危険性は高い。この崖っぷちの駅に、犬の逃げ道は少なく、猫ならひょいと身軽にホームに上がれそうだが、犬はそうはいかない。

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅に迷いこんできた犬

 犬好きな私だが、その白い犬が無残な死を遂げるよりかはと思い、心を鬼にして、犬の足元近くに石を投げたり、大きな呼びかけたりして何とかしようとした。だけど、人間のそんな仕打ちに慣れ切ってしまったのか…、私のハラハラとした気持ちをよそに、何事も無いように犬はペースさえも変えずトボトボと線路上を名古屋方に向って歩いている。

 10分位時間が経ったのだろうか…。その間、運良く上下列車とも来なかった。犬はプラットホームの端まで歩き、中央本線旧線跡の舗装スペースに辿り着き、危険地帯を脱した。しばらくその場所や奥にある旧線のトンネル跡をうろうろして、犬は姿を消した。崖上だが、先程、車が停まっていた所を見ると、下に降りる手段が無いという訳ではないのだろう。何はともあれ、悲惨な事にならず胸を撫で下ろした。

JR東海・定光寺駅、中央本線旧線廃線跡のトンネル

崖っぷちのホームから絶景を愉しむ

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅ホームへの長い上り階段

 定光寺駅には二つの階段があって。1つが先程の駅前奥の行き止まりから、上下ホームに行ける階段だ。もう1つが、そのやや手前にある上りホームへの階段だ。この階段が疲れていなくても上るのが嫌になってくるような段数が多くて急な階段で、まるで上りホームに上がる者の前にそびえ立つかのように映る。

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅、待合所と渓流

 しかし一段一段上がる程に、どんどん山と渓流の絶景が目の前に開けていき、足を止めわくわくしながら上っていった。上がった所に上屋のついた待合所があった。下りホームのものよりかはしっかりしたものだが、扉は無く吹きさらしだ。かつてはここに駅舎があったという。

JR東海の秘境駅・中央西線の定光寺駅、ホームと周辺の風景

 上りホームは周りの山々と眼下を流れる庄内川の渓流が流れる自然豊かな素晴らしい眺めが一望でき、まるで展望台のようだ。帰路に就くハイカーも列車待ちの手持ち無沙汰に、柵にもたれ掛かり、この秘境駅の風情を楽しんでいるようだ。旅で気分ちを昂らせてという訳でなく、日々の生活に疲れを感じたら、ふらっとここまで来てこの自然豊かな風景の中に身を置いてみるのもいいかもしれない。きっと心洗われる気分になれる事だろう。

 こちら側は、さすがに下りホームの事を思えば、ホームの幅にゆとりはある。だがその代わり、崖に板切れを引っ掛けたような薄いホームの上に居ると思うと足がすくむ。地震や土砂崩れといった自然の猛威の前ではこの板切れなんかはひとたまりも無いだろう。

 通過列車が多く危険なのはこちらも同じで、ホームの床には「通過列車にご注意下さい」と黄色いペンキで書かれ、注意を促している。

JR中央本線・定光寺駅上りホームの謎の構造物

 上りホームを歩いていると、待合所の横にプチ廃墟と言いたくなるような、怪しげな構造物があるのが目に入った。柵の向こうに1畳程度のコンクリートの床のようなものがせり出し、横には、その下におりる小さな階段がある。しかしこの階段は途中で途切れている。狭いそのスペースは柵で囲まれ、木々が塞ぐようにぼうぼうと茂っている。なんとなくお立ち台かバルコニーかと思えるようなものだ。かつては何か業務用のスペースだったのか、或いはトイレだったのか…。

JR東海・中央本線(中央西線)・定光寺駅上りホームから集落を見下ろす

 ホームから下の集落を眺めると、眼下を歩く人々も小さく見え、恐さを感じる距離感だ。誤ってカメラを落したり、自分自身が落ちたりしないように、身を乗り出すのも程々に眼下や周囲の風景を眺めた。

 定光寺駅は1日の平均乗降客が僅か200人で、中央西線名古屋口、そして多治見駅で接続する太多線の中では圧倒的に少ない。中央西線、木曽路の山間区間の駅にも引けを取らなく、数字の上でも、ローカル駅だ。だけど、家路に就くハイカーの流れに逆らうように、普段着の地元住民と思しき人々が、到着した列車からぽつりぽつり降り、駅から出て行くのが見えた。

[2002年(平成14年) 4月訪問](愛知県春日井市)