湯谷温泉駅 (JR東海・飯田線)~かつては旅館を併設していた個性的な木造駅舎~



飯田線94駅の中でも圧倒的な存在感を誇る駅舎

 飯田線には、下地駅、船町駅のような気になる珍駅があったり、小和田駅のような屈指の秘境駅があったり、野田城駅のように素朴な木造駅舎があったりと、個性的な駅がずらりと勢ぞろいし、駅巡りが楽しい路線だ。

 しかし、100近くもの駅がひしめき合う割には、名駅舎と呼べるような古い駅舎は、現在では意外と少ないような気がする…。そんな中、湯谷温泉駅の木造駅舎は、数珠繋ぎのようにひしめくあまたの飯田線の駅の中でも、圧倒的な存在感を誇っていると思う。

 湯谷温泉駅は、1923(大正13)年、長篠(現大海)-三河川合間の鳳来寺鉄道が開業した際に、湯谷駅として設置された駅で、鳳来寺鉄道直営の旅館も併設された。今に残る木造駅舎は、その当時からのものだ。1943(昭和18)年、鳳来寺鉄道が国有化されると、旅館ではなく国鉄の寮として使用されたが、現在は売店と駅窓口のみと、建物全体のほんの一角しか利用されていない。なお、1991(平成3)年に、観光振興のため、駅名を現在の湯谷温泉駅へと変更した。

山間の鄙びた温泉街に佇む大柄な駅舎

 3月のある日、湯谷温泉駅に降り立った。

JR東海・飯田線、湯谷温泉駅に停車する特急伊那路

 プラットホームは駅舎より高い所にあり、背後は小高い山となっている。ホーム側の狭い敷地のためか、配線は一面一線と大きな駅舎を擁する割に単純だ。

 プラットホームからは、観光客を歓迎する3つの看板が駅舎に掲げられているのが目に入った。大柄な木造駅舎の側面は、看板を掲げるのにちょうどいいスペースのようだ。この駅は湯谷温泉の玄関口でもあり、一帯は自然豊かな天竜奥三河国定公園でもある。

 湯谷温泉は約1300年前、鳳来寺の開祖、利修仙人が発見したと伝えれている。湯量は豊富で、湧出するお湯は“鳳液泉(ほうえきせん)”と呼ばれ、万病に効くと古くから言われている。

飯田線・湯谷温泉駅。旅館を併設していた大柄な木造駅舎。

 早速、目的の駅舎の前に立った。元は旅館や寮だっただけに、2階建てで木造駅舎の割にはかなりの大きさでで、他の木造駅舎とは異質な雰囲気を持つ。駅舎と言うより、まさに旅館、アパートを思わす造りの木造建築だ。しかし、旅館としてはやや素っ気無い感じがする。観光客目当てにもうちょっと華やかな感じにしても良かったのではと思う。

 駅舎を味わうようにじっくり見ると、一枚一枚、確かに木で構成され佇み、ずっしり威風堂々とした空気を放つ。閉じられた木の雨戸は、この建物のアクセントで、いかにも旅館、寮の窓のような感じで並んでいる。焼跡のような濃い茶色の塗装や、古びた木の質感は、なんとも言えない渋味があり魅力的だ。壁はトタンで塞がれた部分もあり、裏口のトタンは三角屋根の家屋のような形をしている。現在は駐車場となっているが、昔は別棟か何かがあり、今より更に規模が大きかったのかもしれない。

飯田線・湯谷温泉駅、古びた木の質感が味わい深い駅舎
JR飯田線・湯谷温泉駅の木造駅舎、裏側

 今でこそ、駅舎内にホテルが併設されているのは珍しくないが、この駅のかつての宿は駅宿泊施設の先駆けの部類に入るのだろう。老朽化という仕方ない理由があるにせよ、こんな素晴らしい駅が、今は殆どのスペースが「空室」となっているのは少々もったいない気もする。何かに活用できないものだろうか?ひとり旅でも気軽に泊まれるような温泉宿泊施設だったら嬉しいなと想像してみる。それが叶わなくても…、やはり責めて一度でいいから、中もじっくり見てみたいものだ。

飯田線・湯谷温泉駅駅舎と駅前の歓迎ゲート

 「歓迎 湯谷温泉」というウェルカムゲートの下を通り、街に出てみた。山々に囲まれた風景の中、駅前に1本の細い道が通り、その両脇に宿などの建物が並ぶ。静かと言うより、寂しげで鄙びた雰囲気が漂う。でも都会の喧騒から離れるにはちょうどいい。

 道なりに歩き、踏切を渡った所のお土産屋に来ると、坂の上で、いくつものノボリがバタバタとはためいている様子が目に入った。何かあるのかとそちらに行くと、有料道路、鳳来寺パークウェイの料金所があった。だが、シーズンオフという事もあり、開店休業のようで、通行する車を見かけず、閑散とし寂しげな雰囲気を漂わす。

新城市、湯谷温泉駅近くの温泉スタンド

 その横の駐車場に、小さな御堂のようなものがあった。何かと思い見たら「温泉スタンド」で、壁からは注油ホースらぬ、注湯ホースが伸び出ている。有料だが、100リットル100円と格安で、「鳳液泉」を気軽に自宅で楽しめるのは嬉しい。何にも増して湯谷温泉一番のお土産で、持って帰りたい所だが、鉄道旅行の身ではそれも不可能だ。

 駅に戻り、駅舎内に入ると、奇麗に改装された中に、切符売場と売店があった。上の方には、額に入った飯田線の写真がいくつも飾られている。1985年(昭和60年)に、一旦は無人化されたが、地元の強い要望で、1994年(平成6年)に、委託だが再び有人化された。売店の店員さんが切符の販売も兼ねている。

 数々の名産品をよそに、私の目を引いたのがふ菓子だった。先程、駅の裏で、おじさんが何かが一杯に入ったごみ袋大の透明の袋を手に、車から降り駅舎内に入るのを見て、あれは何なのだろうと気になっていた。パンだろうと思っていたが、ふ菓子だったのだ。小サイズでひと袋で300円、大でも500円とお手頃な値段だ。だが、小でもかなりのボリュームで、買うのをためらってしまった。

JR東海・飯田線、湯谷温泉駅に入線する普通列車

[2003年(平成15年) 3月訪問](愛知県新城市)

追記1:

 駅舎内に入居していた売店は、その後、撤退し、再び無人駅となった。

追記2: 湯谷温泉駅の駅舎、遂に解体へ…

 2019年(令和元年)6月5日、湯谷温泉の駅舎が取り壊される事が報道された。早ければ7月にも解体に着手されるとの事。解体後、新しい駅舎は建てられない。

 そして、遂に7月中旬頃から取壊し工事が開始された。

 7月13日に訪問した時は、駅舎全体が工事用の幕で覆われた状態で解体自体にはまだ入っていなかった。

 そして、どうなっているのか気になり、約半月後の7月30日にも訪れてみた。取り壊しはかなり進み、1割程度を残すのみと変わり果てた姿になっていた。大好きな駅舎だったから、行く末を見届けたいと思い訪問したが、あの大きかった駅舎がこんなに小さな姿になってしまうとは…。

 でも最期を看取るように訪問できた事は、悪い事ではなかったように思う。

飯田線、解体取り壊し中の湯谷温泉駅舎(2019年7月)
( 取壊し中の湯谷温泉駅の木造駅舎(2019年7月) )

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