平池駅跡~名鉄瀬戸線の廃駅跡~



駅の痕跡をいまだに残す平池駅

 名鉄瀬戸線の尾張旭‐三郷間にかつて平池という駅があった。こちらも霞ヶ丘駅、笠寺道駅など、他のいくつかの瀬戸線の駅と同様、1944年(昭和19年)に休止になり、1969年(昭和44年)4月5日に廃止になった駅だ。

 駅名の由来になったのが、平池駅の北西にあった平池という池だろう。だが、昔の2万5千分の1地形図と見比べると、池の東側は埋め立てられのたか、現在は半分程度の大きさになっている。むしろ尾張旭駅の方が今の平池の最寄にあると言った感じで、平池駅跡からは遠ざかった格好になっている。


 栄町から瀬戸線の下り列車に乗った。尾張旭駅を過ぎた所で、線路の北側にそれらしき跡を確認した。三郷駅から約20分歩くと、住宅街の中の踏切横に、その場所を再び発見した。

名鉄瀬戸線・尾張旭駅‐三郷駅間、平池駅の廃駅跡
名鉄の廃駅、瀬戸線の平池駅跡、ホームの痕跡が残る

 複線の路線の両脇に、対のようにコンクリートの残骸がレールに寄り添うように伸びている。ホーム上部は削り取られ、地を這うような低さとなっている。しかし、ここが駅であるという痕跡は、廃駅から30年過ぎても明確だ。ホーム跡の露わになった土面には雑草が生している。

 相対式のプラットホームで、上下ホーム跡とも同じ位の長さで、2両分が精一杯という短さだ。尾張瀬戸方面用だった下りホーム背後は、今では畑となっている。栄町…、いや、休止当時は大津町駅、あるいは堀川方面用だった上りホーム跡は、今では人ひとりがやっと立てる程度の幅しかない。廃駅後、隣接する道路が整備された際に、削り取られたのだろう。

名鉄瀬戸線の廃駅・平池駅跡、下りホーム跡に残る切り欠き。

 上下ホームとも、同じ部分が対のように切り取られ、その部分は長方形状に窪んでいるのが目を引く。恐らく、これは上下ホームを結ぶ構内通路に降りるための階段跡と推測できる。2つのホームは繋がっていたのだろうと、頭の中でパズルの欠片を埋めるように、レールを横切る構内通路を思い浮かべた。廃駅から30年の時が経った現在、路線上にその痕跡は跡形も無く失われてしまっているが…。

名鉄瀬戸線・平池駅廃駅跡、構内通路の切り欠きがある上りホーム跡

 ここが平池駅の跡だと更に確証を得るため、近所の年長の方に聞いてみよう。ちょうど付近の家から初老の男性が出てきて、下りホーム跡に隣接したあの畑で作業をし始めた。聞いてみると、やはりここが平池駅のあった場所だと教えてくれた。そして、今は畑となっているこの三角形の土地に、駅舎があったと言う。なるほど、小さな駅舎が収まるにはちょうどいいスペースだ。

名鉄瀬戸線の廃駅・平池駅跡、駅舎があった下りホーム沿いの畑

 よく見ると土地の片隅に、名鉄のものと思われる用地境界標が埋まっていた。この三角形の土地はまだ名鉄のものなのだろうか?境界標の先端に塗られた赤色のペンキも色褪せてはいない。きっと狭く中途半端な土地なので、使いあぐねているのだろう。でもそうだとしても、無断で、あるいは黙認され、ここで耕作している事になる。でも、こういう場面は名鉄沿線ではたまに見るので、特に珍しい光景でもなかった。

[2003年(平成15年) 2月訪問] (愛知県尾張旭市)