木造駅舎でたまに見かける動輪マーク入り木製長椅子



種類はいろいろ、待合室に味わい添える木製ベンチ

 木造駅舎とかレトロ駅舎めぐりの旅なんかをしていると、色々と古い設備や施設を駅で発見し、深い印象を刻むこともしばしばだ。

 待合室では、古い木製の長椅子(ベンチ)が使われている駅もまだある。

 木のベンチと言っても種類が色々あるようだ。例えば、脚やひじ掛けまで木の純木製と言えるほどのもの、ひじ掛けが無いもの、脚など骨組みが鉄製のものなどなと…

 ただ、種類はそれほど多くないようで、このベンチはあの駅でも見たなと思う事はよくある。なので鉄道用品に強い商社や、鉄道会社向けに長椅子を製造していたメーカーがあり、いくつかの中から鉄道会社が選んだといった感じなのだろう。

駅の木製ベンチでもレアな動輪入り

 レトロさ溢れる木製ベンチの中で特に珍しのが、ひじ掛けサイドの部分に動輪マークが刻み込まれたものだ。動輪とは蒸気機関車の車輪のこと。鉄道黄金期を象徴するSLの車輪が刻まれたベンチは、まさに駅にふさわしく、鉄道博物館で所蔵されていてもおかしくない逸品。

 昔はたくさんあったのだろうが、今はほとんど残っていなく、私の駅旅人生の中でも、巡り合ったのは数えられる程度。

JR東海道本線・美濃赤坂駅、待合室の国鉄動輪マーク付き木製ベンチ

 こちらが動輪マーク入りの駅の木製ベンチ!初めて見たのが2007年1月、JR東海・東海道本線美濃赤坂支線の終点、美濃赤坂駅のこのベンチ。

JR東海道本線・美濃赤坂駅の木製ベンチ、国鉄動輪マーク部分

 古色蒼然としたベンチがいまだ使われているという事だけで凄いのだが、側面に動輪マークがあるのに気付き感激。しかも2脚も!列車を一本見送って撮影に夢中になった。

JR東海飯田線、東新町駅旧駅舎にあった国鉄動輪マーク付き木製ベンチ2脚

 こちらはJR東海・飯田線、東新町駅の待合室にあったベンチ。2007年8月訪問。古びた茶色の枠部分に比べ、座面や背面が明るい色なのが特徴的。手入れされ使い継がれているのだろう。


 しかし美濃赤坂駅に2010年10月に再訪すると、新しいベンチに交換されていた。東新町駅は2008年に木造駅舎が改築され、新駅舎では新しいベンチに交換されたようだ。折角、丈夫そうに出来ていて、味わいあるベンチなのに、替えてしまうのはとても惜しい。廃棄ではなく、どこかで大切にされているといいのだが…


 しかし、動輪マーク入り木製ベンチが見られる駅はまだある。

天浜線・遠州森駅、待合室の古い木製ベンチ

 天竜浜名湖鉄道(天浜線)・遠州森駅。動輪部分が破損し僅かに痕跡が残る程度だが、それでも使い込まれ渋み放つベンチは、昔ながらの雰囲気の待合室に更に深く味わいを添えるているかのよう。

JR小浜線・松尾寺駅の日本茶カフェ、駅の古い木製ベンチ

 JR西日本・小浜線、松尾寺駅の木製ベンチ。大正築の木造駅舎が残りますが、駅事務室跡に日本茶カフェ「Salon de RURUTEI」が入居し、2脚のベンチは店舗の椅子として活用されている。カフェの開業を伝えた記事には、開業の大正11年から使われているとの事。

 店員さんに
「すごい物がありますね」
と話しかけると
「表にあると盗まれるといけないからここに置いているんですよ~」 と。


 これまで上げた駅は、前身が国鉄の駅ばかりだったが、珍品をおひとつ…

えちぜん鉄道・勝山永平寺線・越前新保駅、温泉マークが入った木製ベンチ

 第三セクター鉄道のえちぜん鉄道・越前新保駅軒下の木製ベンチ。えち鉄の白に塗られ大切に使われているのが好ましい。

 しかし気になるのが、同じ形のベンチでありながら動輪マークではなく、温泉マーク。上には「M」を象ったような文字が添えられ、ロゴのようにも見える。

 えちぜん鉄道の前身は私鉄の京福電気鉄道。勝山永平寺線は京福時代、越前本線と言う線名だった。沿線には誰もが思い浮かべるような有名な温泉地は無いように思う。しかし、京福の福井県内路線で温泉と言えば、三国芦原線にある県内有数の温泉地である芦原温泉。

 京福三国芦原線の前身を辿ると三国芦原電鉄で、1942年に京福電鉄に合併された。

 あの温泉マークに「M」を重ねたマークは、実は三国芦原電鉄の社紋。きっと三国芦原電鉄特注のベンチだったのだろう。そして元の場所で不要になっても路線を超え、越前新保駅に流れ着いたのだろう。

 ちなみに待合室の中にも同じベンチがあるが、温泉マークの部分は繰り抜かれてる。

大切に保存されている駅

 そして最後にもう一駅、JR東海・東海道本線の木曽川駅。十数年前までは古い木造駅舎が残っていたのだが、現在では、最新の橋上駅舎に建て替えられている。

JR東海道本線・木曽川駅、改札内の動輪マーク入りベンチ

 改札内の橋上に、レンガ壁のレトロな一角があり、あのベンチが置かれている。横の鉄柱は旧駅舎時代の跨線橋で使われていた鉄柱で、大正元年製。レンガ壁は、今でも同駅内に保存されているレンガ造りのランプ小屋(油庫)をイメージしたのだろう。

JR東海道本線・木曽川駅の木製長椅子、サイドの動輪マーク

 例の動輪マークもしっかり残るなど、状態は良好。

 壁には木曽川駅の歴史や跨線橋の柱、そしてこのベンチについての説明書きも掲示されていた。「木製長椅子」の項には、旅客通路上家に置かれていた事、動輪スポークの数は16本で国鉄の徽章(きしょう、バッジ)と同じだが、国鉄旗の動輪のスポークは12本と細かい事も。

 大きさは幅2.735mm、奥行547mm、高さ905m、座面高さ404mmと細かい実測値も記されていた。

 そしていつから木曽川駅にあるか不明だが、動輪マークから国鉄時代であると思われると付け加えられていた。


 …と、これが私が見てきた動輪マーク付きのベンチだ。こうして並べると、長さが違うのに気付いた。掲載した写真によっては解りづらいものもあるが、脚が4本のものと6本のものがある。遠州森駅、松尾寺駅のベンチは脚が4本なので小型。美濃赤坂駅、東新町駅、越前新保駅、木曽川駅のものは6本なので中型。…と言っても小型が3人掛け、中型が4人掛け程度なので、たいして変わらないが。

 もう一つ「あれ?」と思ったがの、こうして並べると、全部が中部地方の駅である事。もしかしたら、全国の駅にはまだ残っているかもしれないし、過去には日本中で使われていたかもしれないが。

 国鉄時代は地方毎に鉄道局に分けられていて、1950年まで概ね東海北陸地方を管轄していたのは名古屋鉄道局。なので物資の調達が鉄道局単位で独自にしていたのなら、同じ地域内の製造元に注文していたのかもしれません。なので三国芦原電鉄もベンチも、鉄道用品に強い同じ製造元だったのかもしれない。

 更に動輪は国鉄だけでなく、二つ前の前身で1920年(大正5年)から1943年(昭和18年)存在した鉄道省でも徽章や紋章として使われていたので、松尾寺駅の件の記事の大正時代から使われているという記述が正しければ、動輪マーク付きベンチは、国鉄時代よりもはるかに前から存在していたのかもしれない。

JR東海道本線・木曽川駅の橋上駅舎内、古い木製ベンチ

 骨董品級のこの椅子が大切にされている様が伺える。しかし気取ってロープや柵で隔てられているのではなく、21世紀の現代的な駅の中で、変わらず駅のベンチとして使われている。私もこの後、この身近で素晴らしい鉄道遺産に腰掛け、幾人もの人が腰掛けてきた歴史を実感しつつしばし休憩を取った。

LINEで送る
Pocket