築堤の高さに合わせた個性派駅舎
国鉄二俣線から転換された第三セクター鉄道、天竜浜名湖鉄道の木造駅舎を巡る旅で、締めの尾奈駅で下車した。
単線のレールは築堤上にありプラットホームは1線だ。旧国鉄の古い駅にありがちな、側線や行き止まりの貨物ホームと言った駅構内設備の跡は見当たらない。立地を考えれば、元々、一面一線という棒線駅だったのだろう。
壁の窓は取り外されていた。かさ上げされたホームではベンチ代わりにちょうどいい高さで、ここに座って少し時を過ごした。しかし築堤上で民家の2階の高さのため、うっかり仰け反ると転落してしまいそう。
掲げられた駅名標は、紺色の木の板に白で駅名が表記されたレトロな雰囲気を醸し出すものだ。しかし駅名をもじってアレな落書きが…。
駅舎を見ると、窓がやたらと低い位置にあり、感覚が狂わされるような感じを受けるど。先ほど椅子替わりに座った窓も考えると、どうもこのプラットホームは嵩上げされているようだ。ホームと列車の段差を無くすため、昔からの低いホームを嵩上げするのはよくあるが、この駅では窓との位置関係が奇妙なものになってしまったようだ…
しかし掛川方面のホーム先端は一部低いままだ。枕木を再利用した柵がの後ろでは高い木が茂り、国鉄ローカル線らしい風情が漂う。
尾奈駅の駅舎は木造だが築堤上のレールに合わせ2階建ての作りになっている。古い木造駅舎だが素朴でもなく、大柄で武骨でかすかなモダンさを漂わせた洋館と言った趣がある。神町駅(JR東日本・奥羽本線)や、リニューアル前の下吉田駅(富士急行)に雰囲気が似ている。
築堤上にプラットホームがある場合、平屋の駅舎が下にあり、改札を通った後、階段や地下通路でホームに出るという構造になっている場合が多いように思う。しかしこの駅舎は、駅舎の内部に階段が設置され、プラットホームだけでなく待合室や出札口も2階部分に配置され、2階建てとなった「超」が付くほど個性的な造りだ。そのため、尾奈駅は主要駅という訳ではないが、風格ある雰囲気に映る。正面右側の約3分の1が階段となっている部分で、右端の塔屋のような部分は踊り場だ。
駅の開業は1936年(昭和11年)12月1日、新所原駅‐三ヶ日駅の開業時だ。東の掛川駅から遠江森駅(今の遠州森駅)まで既に開業していた二俣線に対し、当時は二俣西線と呼ばれた。駅舎はいつ建てられたか不明という。
踏切から駅周辺を見てみた。国道301号線が通り、周辺は民家など建物が並び、そこそこ開けている感じがする。
左斜め前から駅舎を見てみた。左側3分の1は、駅事務室など業務用の部分で、階段と思しき構造も見られる。
1面1線の築堤上の駅に2階建ての駅舎を構えていて、貨物を扱っていた時は大変だったのだろう。普通の駅なら余裕ある貨物用ホームがあるものだろう。しかし尾奈駅では駅員さんが荷物を手に階段を忙しく上り下りしていたのだろう。左側1階部分は宿直室か何かがあったのだろうか…?
出入り口は背の高い2階建ての独特な造りと大きな窓が、どこか風格を感じさせる。
中に入ると、右側に2階への階段がある。階段の手前の壁に、何かの扉を塞いだ跡がある。倉庫か駅員宿舎か何かになっていたのだろうか…。稀有な造りなだけに、何かと想像するのが楽しくなってくる駅舎だ。
そして階段は踊り場を経て2階待合室へと続いている。やはり不思議な光景だ。壁面は木目プリント板で一部が改修されてはいるが、階段に至っては木のままで、長年、多くの乗降客に踏まれすり減らされ続け、一段一段、本物の木目が露わに浮き出ている。一歩一歩踏みしめると、木の感触が体に伝わってくるのが心地よい。
2階部分にある待合室は壁面全体が木目プリント板で改修されているのが、安っぽくいま一つな気はするが、明るい雰囲気で一般の利用客にはこの方がいいのだろう。しかし、窓がやたらと広く取られているのがやはり印象的で、窓枠は木のままだ。
コンクリートの床面を見ると、奥の方が区切られていたような痕跡がある。おそらく無人駅化で不要となって久しい窓口跡を取り壊したからであろう。この駅舎にどんな窓口あったのだろうと思うと、まだ窓口跡が健在だった頃に来て見たかったと思う。
片隅には造りつけのベンチがある。きれいに改装された待合室にあって、これだけは昔からあるものと分かる程、昔ながらの造りと使い込まれた質感が味わいを感じさせる。
ベンチに座っていると列車が入線してきた。ホームがかさ上げされ狭くなった改札口跡から列車がひょっこりと顔を出す…、そんな面白い眺めだ。
大きな窓は眺めが良く、地元の人が犬の散歩をしているのを見下ろしているのも不思議な気分だ。
「天竜浜名湖鉄道」という名の通り、尾奈駅付近では浜名湖に沿うようにレールは敷かれ、浜名湖までは意外と近い。そしてこの窓は東側、浜名湖の方を向いているのだ。もしかしたら築堤上の駅舎という高さを活かし、眺めを存分に楽しんでもらうためにこんな大きな窓にしたのかもしれない。今は二階建ての家屋が何軒も建ち浜名湖は隙間程度にしか見られない。しかし昔はこの待合室から風光明媚な奥浜名湖と広がる青空が眺められた。時には湖の照らしながら上る朝日を見る事もあったのだろう。乗客達はこの窓からの眺めに心を踊らされた…、そんな気がする。
[2011年(平成23年) 5月訪問] (静岡県浜松市北区)
追記: 改修されたけど…
耐震改修工事が完了した尾奈駅が2022年4月2日にリニューアルオープンとなった。
(※天浜線公式ウェブサイト・イベント&ニュース: 尾奈駅リニューアルオープン!)
写真で見ただけだが、外壁は濃紺のトタンらしき建材、駅舎左側にあった駅員用の階段の撤去、2階窓枠のサッシ化など、古き良き趣は大きく落ち残念な改修になった感…。駅舎など古い鉄道施設を登録有形文化財に積極的に登録するなど、古いものを大切にする姿勢の同社で、なんで尾奈駅ではそういうものが尊重されなかったのか。古く趣ある雰囲気を保ちつつ、かつコスト等現実的な事情を考慮し使い続けていくのは非常に難しく、しょうがないのかもしれないが…
よって格付けは、当初の三つ星から二つ星クラスに降格(限りなく一つ星に近い二つ星だけど、実際に見ていないという点と外観の形状は大体、保っているという二点を考慮し…)