兵庫県最古の駅舎が残る駅
播但線の木造駅舎を巡る旅。いくつかの駅を見て、午後に鶴居駅に到着した。

午後2時半過ぎとは言え、10月と半分過ぎると、心なしかもう陽は傾き始め長く影を伸ばす。まだ暑いけど秋の訪れを感じさせる。

跨線橋に上ると、駅は小高い山に囲まれ、周辺には家屋が寄り集まるのどかな町並みが広がっていた。

1番線から先ほど見た2番線の木造待合室を眺めた。小さな待合室の半分は締め切りができ、半分はホームに面した部分だけ壁が無く開放的な造り。外壁こそ新建材で改修されているが、ベンチや長椅子は古い木のままでレトロさ感じさせる。
同じ播但線の甘地駅にも同じ待合室が残されている。竹田駅にもほぼ同じ構造の木造待合室があるが、そちらは大きめだ。
跨線橋から歩くと、駅舎の手前に車椅子のスロープがあった。こちらからも出入りできるが、やはり最初は駅舎を通って出たい。

鶴居駅は1991年に無人駅となっている。出札口と手小荷物窓口は閉じられ、はや30年以上…

鶴居駅ではだいぶ改修されているが木造駅舎が現役。外壁は新建材で今どきの住宅を思わすが、車寄せは古くよくある改修駅舎と言った感じだ。しかしこの駅舎、播但線の前身、播但鉄道開業の1894年(明治27年)以来のもの。同線の香呂駅ともに兵庫県最古の駅舎だ。
1886年(明治19年)築で日本最古の現役駅舎とされているJR武豊線の亀崎駅より8年遅い。その次に古い1889年(明治22年)築のJR土讃線の善通寺より5年遅い。1903年築(明治36年)築のJR肥薩線・嘉例川駅より9年も早い。
兵庫最古という域に留まらず、日本で最古級の貴重な駅舎であると言えると思う。

車寄せは木の造りをふんだんに残し歴史を感じさせる。でもさすがに柱は持たなかったのか、鉄製に交換されていた。
播但線に残る木造駅舎は、この鶴居駅のように、柱など所々に地味めのピンク色に塗られ改修されている例が多い。播但線の古駅舎だなあと感じさせる。

車寄せは、鉄製の柱の他に、壁から斜めに伸びた木の軒支えと、そこから更に直角に配された木材にも支えられている。木材が交わっている部分には、低いピラミッドが載ったような四角い木のカバーが付いていた。小洒落た感じだが、ただの装飾だろうか?それか、人によっては見苦しいと思う木の接合部分を隠そうとする建築の矜持か…?
とにかくよく折れないで持っているよなぁと思う。
昔ながらのありふれた風景…

駅のロータリーはごつごつした岩で円形が作られ、その中にいくつも庭木が配され緑豊か。真ん中には大きな岩が組まれ断崖のようにそり立っていた。そんなミニ庭園の背後に、古い駅舎が建つのは、いかにも昔の駅らしい風情が漂う。
もしやと思い、その中を見ると…

やはりそこには枯れた池があった!よく見ると、岩には庭園の寄贈者と、作庭した庭師の名前を標した銘板がはめ込まれていた。そこには昭和46年7月という年月も刻み込まれていた。この庭園風ロータリーが完成した時期なのだろう。
寄贈!?今のお金に換算すると100万円…、いや、もっと掛かるのだろう。そんなものをポンと寄贈する篤志家も凄いし、それを受け入れる国鉄もなかなかのもの。
昭和46年はモータリゼーションが進み、駅から活気が削がれつつある頃だったのだろう。そんな駅を見て、賑やかでいつまでも地元の人々に愛される駅であってほしい…。そう思って寄贈者の方は、駅にこんなものを贈ったのかもしれない。

駅前には何軒かのお店が並び、駅前らしさ漂うが、どれも廃れた雰囲気。今ではほとんどのお店が廃業してしまったよう…
ちょっと駅前の町並みの方に歩いてみた。

するとすぐに川に突き当たった。小高い山の間を流れる川は幅が広く雄大。川沿いにはささやかな町があり、対岸への橋は長い。緑豊かな山の間に川が流れ、所々に町が開ける…。ありふれているけど味わい深い日本の田舎風景。近くの自販機でドリンクを買い、長閑な風景を眺めながら一服した。

離れがたく想いながらホームで列車を待った。
やってきた寺前行きは国鉄型の103系電車。播但線の顔となって久しい。103系は登場から半世紀以上が過ぎているが、更新されワインレッドの播但線カラーを装い、意外と古さは感じない。でもいつまで活躍を見られるのだろうか…
[2025年(令和7年)10月訪問](兵庫県神崎郡市川町)
- レトロ駅舎カテゴリー:
JR・旧国鉄の一つ星レトロ駅舎



