信楽高原鉄道唯一のレトロ駅舎を訪ねる
30年振り位に信楽高原鉄道を訪れていた。
信楽には奈良時代の745年、僅か4か月だけ都となった紫香楽宮があった。742年から離宮ではあったが、その期間も含めても短命。しかし後に東大寺の大仏へとつながる廬舎那仏の詔は、この紫香楽宮で発せられたので、歴史的な意義は大きいと思う。
貴生川駅からぐいぐいと坂を登り山深さを増す風景を見るにつけ、都となって間もない恭仁宮を捨ててまで、よくこんな所に遷都しようと思い立ったものと思い列車に揺らていると、雲井駅に到着した。

雲井駅は1面1線のシンプルな配線の棒線駅で、無人駅。古い木造駅舎が残るっているという。
ホームを歩いていると、植木の向こうに、もう一つ駅舎っぽい建物を発見した。
「あれ?どっちが駅舎!?」
と、一瞬、戸惑ったが、よく見ると植木に隠れた南側の建物はトイレだった。

赤い柱などトイレと似た色使いだが、北側の貴生川方の建物が駅舎だった。

信楽と言えば、信楽焼のたぬき。駅名標の側にも、でっぷりと太ったたぬきが居ついていて信楽らしさ溢れる。

駅舎ホーム側の軒や柱は古い木のままだが、紫香楽宮をイメージしてか赤く塗られ宮廷のような趣だ。軒越しに、同じような色使いのトイレが見え、宮廷でまるで建物が二つ並んでいるかのような佇まいだ。

貴生川方には、本線から分岐した貨物ホーム跡が残っていた。レールはさすがにもう無いが。

駅舎の正面にまわった。駅開業の昭和8年(1933年)5月8日以来の木造駅舎で、今年2026年で築93年の古豪。
しかし近年、改修されたようで、レトロ駅舎風の新築駅舎と言った雰囲気が漂う。右3分の1ほどの外観は、木目浮かび木の質感溢れる。だけど改修前と比べると違っているので、改修により後付けでこうなったのだろう。

駅舎正面の左3分の2ほどは白一色となっていた。「雲」と付く駅名からか、雲をイメージした大きな和風のレリーフが施されている。

貴生川行きの列車が入線してきた。やってきた列車は忍者のラッピングが施されたSKR331形車両だ。信楽町は2004年に周辺の町と合併し甲賀市となった。だから今や忍者の町でもあると言える。
この車両、さっき乗って来たのと同じだ。14.7㎞の短い路線。今日はこの車両がひたすら行ったり来たりしているのだろう。

待合室も完全にリニューアルされ、窓口跡と言った昔の面影は全くなかった。
雲井の町へ…

ちょっと町の方に出てみようと駅から歩くと、すぐに南北に伸びる道に突き当たった。両側に店舗のような建物がいくつもあったが、今やほとんど閉業となっているようだ。かつてはささやかな駅前商店街があったのだろう。
横断歩道には飛び出し注意を促す子供の看板「飛び出し坊や」の看板があった。よく見るレトロなタイプのと比べやや現代的なタッチ…。飛び出し坊やは今や日本全国で見られ、路上観察のアイテムとして人気だが、発祥はこの滋賀県との事。

街の中には雲井小学校もあった。正門の植込みには小学校の定番、二宮金次郎像も。その下には、こども110番をアピールするたぬき像が賑やかに並んでいた。信楽の小学校らしい楽しい風景だなあ…
離れ際を惜しみつつ…

駅に戻り、この駅から立ち去る名残りに、駅舎を再びつぶさに見てみた。妻面から突き出て屋根を支える木材、腰壁の砂利混じりのコンクリート…、古い木造駅舎らしさ残し、確かに90歳越えの味わいを感じさせた。

ホーム側の軒の木の柱は、風化し木目浮かびヒビが入りしわがれているかのよう。軒の木の質感も良い。

信楽行きの列車がやってきた。ちょうど小学校の下校時間と重なり、黄色い帽子をかぶった子供たちで駅にはささやかな賑わいが訪れた。地元の人達の生活に密着した風景っていいよなぁ…
[2026年(令和8年)3月訪問](滋賀県甲賀市)
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JR・旧国鉄のレトロ駅舎



