飯田線・小坂井駅~華やかで虚ろな春の日~



解体中の旧駅舎

 飯田線の船町駅、下地駅に行こうと豊橋駅で降りた。だが、次の列車は岡谷行きで、その両駅には停まらない。船町、下地停車の列車もそれ程待つ必要は無かったのだが、豊橋駅で時間を持て余すのも何だしと思い、岡谷行きの列車に乗り込んだ。下地駅の次の駅で、豊橋から3つ目の駅の小坂井駅にでもふらり立寄ってみようと思った。

 飯田線の終点・辰野駅を越え、中央本線の岡谷駅まで行く普通列車は、船町駅、下地駅をあっさりと通過し、右にカーブして、名鉄名古屋本線との共用区間から右に分岐すると間もなく小坂井駅だ。小坂井町のJR側の中心駅で、こじんまりとした住宅街の中に、2面3線のホームがあった。

JR東海・飯田線・小坂井駅、ホームに進入する119系電車

 駅前は狭い道が横切り、何軒かの商店が並び、周りは住宅が立ち並ぶ。後で寄った下地駅、船町駅に比べれば、乗降客も多く、町の中心駅だという事を感じさせる。

 かつては、愛知電気鉄道(後の名鉄)の小坂井支線が、ここから1.2km北西の名古屋本線の伊奈駅まで伸び、豊川鉄道(後に飯田線)の豊川駅まで名鉄の特急などが乗り入れていた。しかし、1954年(昭和29年)の名鉄豊川線全通により、小坂井支線は廃止になった。

JR東海・飯田線・小坂井駅、取り壊し中だった木造駅舎

 その当時からのものだろうか…?。上りホームには古めかしい木造駅舎が面している。だが、駅事務室はカーテンが固く閉ざされ、現在は無人駅となっている。

 そして、その木造駅舎の真横では、新駅舎建築工事の真っ最中だ。鉄パイプで組まれた足場や、シートに囲われた中に、完成間近の新駅舎の姿が垣間見える。もう一度良く見ると、木造駅舎のホームからみて右側の出入口・待合室があった部分は既に削られ、その空いた土地も新駅舎の用地の用地にするようだ。この素朴な木造駅舎が失われる日いも近いらしい。半身もぎ取られ、抗えないでされるがままの古駅舎が哀れに映った。

飯田線・小坂井駅、取壊しで小さくなった駅舎に寄り添う2本の桜の木。

 木造駅舎の正面にまわり、駅の外側から眺めてみた。2本の桜の木が駅舎に密着するように立ち、駅舎より高く天に向って広がらんとばかりに枝を伸ばしている様に目を奪われる。2本ともほぼ同じ大きさで、同時期に植えられ、何十年と掛けて共に背を伸ばしてきた兄弟桜なのだろう。

 春になると、きっと満開の桜が駅を覆い、そして桜吹雪が駅に降り注いだのだろう。その壮烈な風景を思い浮かべると、もう一年早く、この駅に気付いていればという後悔に一層苛まれた。新駅舎工事に関連し、木造駅舎だけでなく、この桜の木は失われてしまうかもしれないと思うと尚更だ…。

[2002年(平成14年) 1月訪問]

それから… ある春の日

 それから数ヵ月後の4月、桜を求め飯田線の下り列車乗った。車窓から小坂井駅を見ると、すっきりとした見通しが良くなった風景の中で、あの2本の桜の木が佇んでいる姿が目に入った。満開の季節を迎え、1月とは違い、薄いピンク色の花をその身いっぱいに華やかに装っている姿に車内から見とれた

 夕方の帰路の途中、小坂井駅に立寄ってみた。

JR東海・飯田線・小坂井駅、旧駅舎跡地で満開の桜

 無機質な新駅舎には目もくれず、真っ先に、満開の花を咲かす桜の木の下に立った。新駅舎工事で、桜の木も撤去されてしまうのではと気になっていたが、よく残っていたものだ。

 だけど、味わいある木造駅舎が失われ、桜の木の下にぽっかりと虚ろな空間が広がっている様子は、やはり何かが大切なものが欠けていると思わさせた。もしこの桜の木に心があるとしたら、この空間は長年連れ添った仲間を失った空虚な心を映し出しているのだろうか…。

JR東海・飯田線・小坂井駅、新しく建てられた簡易駅舎

 列車の待ち時間の間に、旧駅舎跡横に姿を現した新駅舎を見てみた。左右対称方のコンクリート剥き出しの外観が目を引く、現代的な感じがするデザインだ。一応、壁面は平らに整えられているが、塗装されていないため未完成のような印象を受ける。たぶん、コスト削減のため、塗装の必要が無いように仕上げたのだろう。

 ローカル線の駅舎建て替えで後に建つ、小振りで設備を最小限に絞った「簡易駅舎」と言える範疇の駅舎だ。向って左側の部屋には窓が無く、鍵か掛けられている。掃除道具がしまってあるなど、業務用スペースなのだろう。右側が待合室で、内部は壁際をぐるりとなぞるように、長椅子が壁に据えつけられている。扉は無く、駅舎は頑丈な東屋タイプといった感じだが、扉が無く閉め切れないので冬は寒そうだ。

 この日は、飯田線のいくつかの駅舎が、コンクリート剥き出しの似たようなデザインだったのを目にした。飯田線の無人駅が建て替えられる際、こんな感じの駅舎が今後の標準となっていくのかもしれない。

[2002年(平成14年) 4月訪問] (愛知県宝飯郡小坂井町 ※訪問時。現在は豊川市小坂井町)