芦ノ牧温泉駅(会津鉄道・会津線)~木造駅舎は今年で白寿~



昔の国鉄駅の面影残る懐かしい駅構内

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅に進入する列車から駅構内を眺める

 列車が芦ノ牧温泉駅に進入する時、運転席横から構内を見渡した。2面のホームがあり行き違いができ、側線跡も残るゆとりある配線。そして木造駅舎が建つ。会津下郷駅もそうだったが、元国鉄・会津線だけあって、この駅にも国鉄駅らしい風情がよく残っている。

 側線ホームには、国鉄型気動車のキハ30を改造した先代のトロッコ列車が静態保存されていた。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、改札する駅員さん

 夕方5時までは駅員さんが居て、下車した乗客の切符を回収していた。私が写真撮影でウロウロしている間にいなくなってしまったが。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅の木造駅舎、ホーム側

 駅舎は開業の1927年(昭和2年)11月1日以来の木造駅舎が現役。今年2026年で白寿、来年で遂に100歳。そんな古さ残した駅舎が夕陽と影を浴びながら佇む姿もまた味わい深い。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、駅舎側下りホームの木造倉庫

 駅舎の隣には、これまた古めかしい木造建築が建っていた。横にベンチが置いてあるのが、バンガローか何かの風情で、ここで列車を見ながら寛ぎたいくなってくる。

 後で近寄って見たら、看板とか用具やらが置かれていた。どうやら倉庫のようだ。

芦ノ牧温泉駅、会津若松方面ホームの木造待合室

 駅舎と反対側、上りの会津若松方面行きホームには、古めかしい木造の待合室が残っていた。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、上りホーム待合室内に展示される写真

 待合室の扉を開けると、多くの写真が展示されていてまるでギャラリーのよう。年季感じる木の壁を背景にしているのが趣あり、写真の情感をより深くしているかのよう。

 写真は四季折々の会津鉄道のある風景、そして芦ノ牧温泉駅と言えば、何と言っても駅長猫。キリっと駅長帽を被り闊歩する姿は可愛くも凛々しい。

会津鉄道、夕陽浴びる芦ノ牧温泉駅構内、八重桜が満開

 4月下旬、会津鉄道沿線では多くの桜が散ってしまっていたが、この駅の側線跡に咲く八重桜は今が満開。影落ちる駅の中で、夕陽のスポットライトを浴び華やかに浮かび上がっていた。

猫駅長勤めるレトロな木造駅舎

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅の木造駅舎、ホーム側の軒とガラス窓

 駅舎ホーム側の軒は古い木の柱が並び木造駅舎らしいレトロさ溢れる。

 軒の端の上の方だけ、一部ガラス窓になっているの気になった。このちょっと先の閉塞器室…駅舎の出っ張り部分の柱の上部も同じように謎にガラス窓だった。なぜ上の方だけ…?不思議な造りだ。


~現地では、なぜ窓がこんな所に程度しか思っていなかったのだが、家に帰り写真をよく見てみると、柱の下の方とコンクリートの台座に溝が入れられているのに気付いた。ガラス窓の木枠下部にも溝があった。
恐らくだけど…、冬の寒さ厳しい会津の山間、この溝と溝の間に壁をはめ込んで、寒さや冷たい風を防いだのではないだろうか?
寒冷地では、玄関の前などに小さな一室を造り、冷気が室内に入るのを防ぐ風除室という造りを備えた建物をよく見る。この駅では、柱の斜めの支えなどを見るに、隙間ができ完全に密閉する事はできなったものの、風や寒さの緩和に役立ったのではないだろうか…?
寒さが厳しい地域ならでは。設計した人のアイデアが光る。~

芦ノ牧温泉駅・駅舎の軒の古い建物財産標

 軒のガラス窓の横に木の建物財産標が残っていた。よく見ると
「本屋 停 八 □」
と薄っすらと残っていた。「□」はよくわからないが、多分、「号」の旧字体だ。

 木の建物財産標は時々見る。この駅のものはかつて塗られていただろう色が風化して剥げ落ちているが、文字は薄っすら残っているのが目を引く。文字が書く時に使った塗料が風化を防いだのか…?いや…、彫られているようにも見えるが…?

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅の木造駅舎、待合室

 駅舎の待合室の中に入った。猫駅長が名物の観光駅だけあって、室内は掲示物で賑やか。売店もあるが、残念ながら営業時間は過ぎてしまっていた。

会津鉄道・芦ノ牧公園駅に展示された駅長猫たちの写真

 出入口上部には、猫駅長はじめ猫駅員の写真が飾られていた。ばす、らぶ、さくらの歴代駅長、ぴーち施設長…。今度は彼らが勤務している時に来たいものだ。

 猫の撮影禁止なのは残念が気もするが、撮影で追い回されるとストレスになるからしょうがないのだろう。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、国鉄会津線時代からの木造駅舎。昭和初期の1927年開業時築。

 駅舎を正面から見てみた。来年2027年で築百年とは言え、近年改修されきれいになった。

 素朴でありふれた形の木造駅舎だが、車寄せの下の右半分まで待合室になっている。待合室が混雑し、拡張されたのだろう。

会津鉄道・芦ノ牧公園駅の木造駅舎、正面の出入口の軒支え

 新築を思わすきれいさだが、車寄せはの古い木の造りのまま。形状がちょっと凝っていて、長さの違う木を重ね、それを斜めに配した軒支えの木の棒が支えている。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅の木造駅舎、正面の古い木のままの未改修部分

 駅舎正面も古い板張りを残していた。古く風化しやせ細ったような木の板は長い年月の味わいを感じさせた。

周りを歩くと…

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅の丸ポストと、国鉄時代の駅名標を再現した旧駅名「上三寄」の表記

 駅舎から見て左側にレトロな丸ポストがあった。ただ投函口は塞がれていた。現役のポストではなく、郵便の愛好家が展示目的で設置したようだ。

 その横には「上三寄」と標された駅名標があった。上三寄はこの芦ノ牧温泉駅の前の駅名で、1987年7月16日のJR東日本から第三セクター会津鉄道転換時に現駅名になった。

 この駅名標、両隣の駅は、北の西若松寄りが「もんでん」、南の会津高原尾瀬口寄りが「くわばら」と標され、くわばらの下には小さくカッコで「ふなこ」と表記されていた。現在はそれぞれ「あまや駅」、「大川ダム公園駅」が隣だ。

 あまや駅は会津鉄道転換後の1999年に設置された駅だ。

 大川ダム公園駅は、長い間、舟子仮乗降場で正式な駅ではなく、1987年4月1日のJR化後に舟子駅と昇格、同年7月の三セク転換時に現在の駅名となった。

 桑原駅は現在の芦ノ牧温泉南駅で、こちらも三セク転換時に現駅名となった。

 なので現在の両隣の駅を抜き、「もんでん」「くわばら」と国鉄時代を再現した駅名標なのだ。仮乗降場は、駅名標に次の駅として表記されないのが通例だったが、舟子駅の場合は例外的に、国鉄時代からこのように下に小さく「(ふなこ)」と標されていたという。そんな事までこだわるとはマニア心をくすぐる。

 たかが駅名標一つで複雑…。しかし会津鉄道に限らす、第三セクター鉄道転換後は、国鉄・JR時代の長い駅間の間に、駅が新設されるケースはよくあり、観光・レジャー利用を狙った駅名になる場合も多い。そんな歴史に触れた気分だ。

芦ノ牧温泉駅内にある会津鉄道神社

 かつて貨物取扱エリアだったと思われる位置に、会津鉄道神社があった。多分、何かの設備だったコンクリートの建物を神社にしたのだろうが、沿線の由緒ある神社の神様をご神体として祀り、会津鉄道の安全を祈願している。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅にに残るレトロな木造建築、倉庫と上りホームの待合室

 木造倉庫と反対ホームに見える木造待合室、二つ同時に見ると、懐かしい昔の駅の風景を残しているかのように味わい深い。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、側線ホームの猫駅長の墓

 トロッコ列車が留置されている側線ホームに行き止まり部分には、猫駅長「ばす」「らぶ」のお墓があった。たくさんの花や水が添えられ天国のお花畑のように華やか。あさって4月22日で、初代名誉駅長のばすが虹の橋を渡ってちょうど10年。きっと天国から現役駅員の仕事ぶりを見守っている事だろう。

芦ノ牧温泉駅、国鉄時代は側線など貨物取扱エリアだったと思われる一帯

 側線ホーム横の一帯は、今では駐車場などに使われている。猫駅長目当てに団体が訪れる事もあるのか「バス優先」の区画が二ある。

 だけどここはかつて貨物を扱ったり、駅に関連する建物がいくつも建っていたエリアだったのだろう。かつては停一号から二号、三号…、そして八号の本屋、九号の倉庫と、少なくとも九棟の建造物があったのだろう。それらはきっと貨物上屋、駅員宿舎、浴場、詰所などなど…。そんな上三寄駅時代のいちばん賑やかだった頃を思うと、胸が熱くなる。今ではバスが2台停まっても有り余る広いスペースと、駅の方を向いた石造りの倉庫が、古の賑わいを伝えるだけだ。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅、切符売場のレトロな木製カウンターと金銭受け

 去り際に窓口を見てみると、古い木のカウンターのまま。特に分厚い金銭受けの木の板が目を引いた。

会津鉄道・芦ノ牧温泉駅で行違う上下列車

[2026年(令和8年)4月訪問](福島県会津若松市)

レトロ駅舎カテゴリー:
二つ星 JR・旧国鉄の二つ星レトロ駅舎
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