自転車での旅、峠越えの後に現われた小さな駅
1997年7月のある日。100日に渡る北海道自転車旅行の道中、初めての峠越えの日を迎えた。その峠とは国道233号線の留萌市と北竜町の境にある美葉牛峠だ。
峠と言っても、知床峠や国道237号線の金山峠と言った名だたる峠を越え旅を終えた今、思えば、標高102mと低いものだ。しかし、当時、峠越えの経験が無く、人力で重い荷物を積みながら越える私には、まるで高くそびえる山を越えるような心境だった。そして北海道とは言え、日中の夏の暑さは容赦無く、汗が絶え間なく吹き出、背中にはじりじりと焼き付けるような太陽の光が注ぐ。覚悟しなければいならない。
ついにその時を迎え、ダラダラとを続く上り坂を、息を切らしながらペダルを漕ぎ続けた。そして、ようやく頂上に達すると、ホッとした心境になった。
下り坂にまかせ滑るように走り出すと、車のパーキングスペース横を通り掛かり、その奥に駅があるのが目に入った。鉄道ファンなので、やはり駅という存在が気になる。峠を越えた後、一休みにちょうどいいと思い自転車を停め、柵にもたれさせた。
その駅は留萌本線の「幌糠駅」で、周りに十件程度の家屋が散らばる小さな集落の中にある。当然、無人駅なのだろう。少し離れた所から見ると、プラットホームと、その上に北海道のローカル線でよく見る貨車の廃車体を再利用した待合所があるだけの簡素な駅だった。駅に立ってみたいと思った。しかし空地を埋め尽くす雑草が、駅と私を隔てる。
いつの日にかあちら側に…、列車で幌糠駅に降り立ってみたいものだ。その時はきっと、駅からこの駐車場を見つめ、この時の事を思い返すのだろう。
30分ほど休憩し、再び力を得て北に向け自転車を漕ぎ出した。長い旅はまだほんの序章に過ぎない。もう少し漕げば、今日は日本海が目の前に現れるはずだ。
[1997年7月訪問](北海道留萌市)
そして十年後…
あれから十年になろうとしていた時、あの時眺めた幌糠駅が忘れられず、今度は列車で降り立ってみようと思った。
太陽が照り付けたあの頃と違い、季節は真逆の冬。幌糠駅は白い雪で包まれていた。
貨車の廃車体を利用した待合室の内部。ちっぽけな無人駅に暖房なんて無く、鉄の駅舎いっそう寒々としていた。
留萌本線廃止
2023年4月1日、留萌本線・石狩沼田-留萌間の廃線により廃駅となった。2023年10月現在、あの貨車駅舎は撤去される事無く残っているようだ。