廃線が濃厚になった日田彦山線不通区間の駅を代行バスで巡る



九州北部豪雨の被害で不通になっていた添田駅‐夜明駅間廃止へ…

 2017年(平成26年)の7月5日から6日にかけて発生した九州北部豪雨で、日田彦山線は大行司駅の駅舎が土砂で潰されたり、橋梁が壊されるなど、甚大な被害が発生し、添田駅‐夜明駅間で長期の不通が続いていた。

 JR九州は鉄道による復旧に難色を示し、それに抗う沿線自治体という状態が続いていたが、2020年5月、最後まで鉄道復旧を主張していた東峰村がBRT(バス・ラピッド・トランジット)への転換を容認した。早い話が廃線、バス転換。彦山駅‐筑前岩屋駅間は、路線跡を利用しバス専用道化される予定だが、福岡県は大分県との県境に近い宝珠山駅までのバス専用道化を求めていて、今後はバス転換に向けた動きが焦点になりそうだ。

 日田彦山線は、近年、大正築の洋風駅舎が整備された採銅所駅と、木造駅舎が復元された大行司駅という2大レトロ駅舎がある。どちらとも思い出深い駅舎で、どうなっているか見たいと思っていた。なので、この機会に代行バスではあるが、日田彦山線の不通区間の駅を巡る旅に出る事にした。

添田駅からは代行バスで南下

 日田彦山線に乗り、採銅所駅を見た後、列車を乗り継ぎ、添田駅までやってきた。列車はここまでで、この先は列車代行バスによる移動となる。

JR九州・添田駅、日田彦山線はこの先、代行バスで…

 出入口のある駅舎はホーム端から構内通路を通り更に歩くという、やたらと長く残念な動線…。昔は石炭輸送が主役で、旅客輸送は脇役だったのだろう。

 昔はこの駅から国鉄添田線が北に分岐し、同じ日田彦山線の香春駅まで伸びていた。駅舎前の車止めがある広い敷地には、添田線用のホームがあったというが、廃線後30年以上も過ぎると、跡形も無い。

 駅舎内の掲示で代行バスの案内を確認すると、駅舎より100mばかり北の駐車場にバス停があるらしい。下手に駅舎周辺でバスを待ってると乗り逃してしまう。

 バス停に至り一安心。スマホに目を落としていると、いつの間に背後に車の気配がした。

添田発の日田彦山線代行バスのジャンボタクシー

 黒いジャンボタクシーがやってきて、よく見たら「JR 添田‐彦山 代行運行」のステッカーが貼られていた。まさかこんな小さいのが来るなんて…。定員は補助席を使っても10人に満たいだろう。乗客は他に一人で、それも私のような鉄道ファン。地元の人はゼロだった。

 道の駅に併設され2007年に開業したばかりの勧遊舎ひこさん駅を車内から一瞥し、次の豊前桝田駅で下車してみた。

 駐車場に停車し、金網フェンスの奥に錆びたレールがあるのが見えたのだが、どこから駅に入るのだろうか…。

JR九州日田彦山線・豊前桝田駅入口

 すると建物に挟まれた路地裏のような細い道の奥に「豊前桝田駅」の看板を見つけた。

日田彦山線不通区間にある豊前桝田駅

 現在は1面1線の棒線駅だが、昔は島式の2面2線で、反対ホームの痕跡が色濃く残る。ちょっとした屋根がある待合所があるだけの簡素な設備だ。目の前は畑と小高い山がある自然豊かで長閑な風景が広がっていた。

 周囲は家屋がぽつりぽつりと点在する程度で、少しぶらぶらすると、もう時間を持て余してしまった。ここから2kmもなく、道の駅があり退屈しなさそうな勧遊舎ひこさん駅まで歩いても良かったのだが、暑いし、あくせくしないでこの駅にいる事にした。…とは言え、次の下りバスまであと1時間近くも。写真を撮ったり、賑やかに鳴く鳥の声に耳を傾けながら駅のベンチで座ってボーっと過ごした。

 やっと日田行きのバスがやってきた。今度は日田市の藤山観光という貸切バス会社の車両だった。

山深い道をゆく日田彦山線代行バス

 車窓の外は人里離れた山深い風景がひたすら続いた。

 そして、彦山駅を過ぎしばらく走ると意外に開けた街に出た。沿道には焼き物を販売する店が何件もあり、観光地への途上にある土産屋さんと言った雰囲気だ。

 地図で確認すると、山中に敷かれた日田彦山線から西に数キロ離れていて、東峰村北部の小石原という地区を走っているようだ。合併し東峰村となる前の小石原村の中心地で、小石原焼は村を代表する伝統工芸品という。

 元々、駅は無いにも関わらず、この地区には代行バスのバス停が設置されている。日田彦山線はちょっと遠回りしてでも、この辺りに通した方がよかったのではと、廃止と言う現実の前にしながら「もしも…」が頭を過る。

 次は筑前岩屋駅で降りるつもりでいた。しかし見覚えのある木造校舎が目に入った。
「あれ?あれって大行司駅前の学校じゃなかったっけ?」
と不思議に思った。地図を改めて見ると大行司駅手前でUターンし、筑前岩屋駅への坂道をぐいぐい走っているようだ。そして程なくして、バスは筑前岩屋駅の前に乗り付けた。代行バスの何便かは筑前岩屋駅を通らないが、こうして回り道をしてやってきているのだ。

JR九州日田彦山線、立派な駅舎を持つ無人駅・筑前岩屋駅

 筑前岩屋駅で降りたのは初めてだが、木をベースにした新築駅舎に消防車が収納された様は、車内から見る度に気になっていた。駅舎はひっそりとした集落には、大仰に映る。真ん中に列車利用者用の待合室があり、左にトイレ、右に消防車を収容した消防団の倉庫が屋根で繋がれた造りで、駅施設として見ると意外と小ぶりだ。

日田彦山線、豪雨の水害により破壊された筑前岩屋駅

 ホームに上がってみると、北側は豪雨被害でホームは壊され寸断されたままだった。線路も土で埋もれ、ろくに補修すらされていない。既に廃線となっているかのような衝撃的な風景だった。レールの先には全長4.378mの釈迦岳トンネルがぱっくりと口を開けていた。初夏の暑さの中、トンネルから流れ出る空気が冷たく心地良い。

 普段から乗降客数は非常に少なかったのだろう。だが、駅には時折、出入りする車があった。みんな、駅前の「岩屋湧水」を汲みに来ているのだった。岩屋湧水は平成の名水百選に選出された名水で、もとは釈迦岳トンネルを掘削した際、湧き出た地下水を旧国鉄が蒸気機関車のために駅に引っ張て来てたものだという。

JR九州・日田彦山線・筑前岩屋駅、名水百選の岩屋湧水

 一回100円と有料だが、折角来たのだからと、手持ちのミネラルウォーターの中身を捨て、湧水を汲んだ。350mlのペットボトルにはかなり余る量だったが…。

駅舎が復元された大行司駅

 次にやって来た日田駅行きのバスは西鉄バス。日田駅からのバスが筑前岩屋駅で終点となり、また折り返す運用だ。

日田彦山線のめがね橋、コンクリートのアーチが美しい栗木野橋梁

 坂を下りつつ走っていると、車窓左手に連続するアーチが美しい日田彦山線のコンクリート橋、栗木野橋梁(通称: 金剛野橋)が現れた。筑前岩屋駅‐大行司駅間には、めがね橋と呼ばれ親しまれる大きなアーチ橋が3つも掛けられている。自然豊かな風景の中に、コンクリートのアーチという人工物が不思議と映える。目を引きつけられずにはにはいられない。

 そしてすぐに大行司駅に着いた。…と言っても、駅前の道路のバス停だったが。

JR九州・日田彦山線、木造駅舎が復元された大行司駅

 でも道の奥に入ると、すぐに大行司駅を見つけられた。旧駅舎は戦後の1946年(昭和21年)に建てれられた木造の名駅舎として知られた。しかし九州北部豪雨による背後斜面の土砂崩れで、押し潰されてしまった。あの駅舎をこんな形で失う事になろうとは…、衝撃は大きかった。しかしホームは斜面上の高い位置に立地してたので、あの激しい豪雨では成す術も無かったのかもしれない。何より、土砂崩れで犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いだ。

 新駅舎はできる限り旧駅舎を再現し、去年の12月に竣工したばかりの真新しい駅舎だ。奥行のある造りは、まさに旧駅舎を彷彿とさせる。

日田彦山線、復元された大行司駅舎、駅事務室部分

 残念ながら施錠されていて内部には入れなかったが、外から覗き込んだ。まだ新木の香り残る駅舎は新築の眩しさ溢れ輝くばかり。軒を支える柱は、切り出されたばかりの真っ平さしかなく、角は鋭い。私が普段見ている、築半世紀をゆうに超え、風化して木目が露になった木造駅舎とは大違いだ。

 しかし大行司駅のこの復元駅舎も、他の木造駅舎のように何十年と時間を掛けて、年月を経た風格というのも身に着けていくのだろう。その頃、私は既にこの世には居なく、その様を見届けられないと思うと切ないが…

 旧駅舎時代、無人駅となり久しく、駅事務室には匙加減という飲食店が入っていた。新駅舎には入居しなかったが、この近くに移転し営業しているという。

駅間徒歩で大行司駅から宝珠山駅へ

 次の日田行きまで2時間以上間隔が空く。隣の宝珠山駅までは2kmちょっとで意外と近いので、駅間徒歩で目指す事にした。写真を撮りながらでも、30分ちょっとで歩けるだろう。道は国道211号線を下るだけと単純だ。

日田彦山線、大行司駅‐宝珠山駅間のめがね橋

 先ほどの栗木野橋梁ほどではないが、集落の中にめがね橋がひっそり佇んでいた。

日田彦山線不通区間・大行司駅‐宝珠山駅、古い看板が掛かる家屋

 「歩行者はこちら」という案内に従い、鉄橋をくぐる手前で国道から逸れ、日田彦山線の右側を歩き続けた。打ち捨てられたようになってもうすぐ3年。レールはすっかり錆び付き廃線のよう。沿線の古い家屋に「おたふくわた」のホーロー看板があるのを発見。

日田彦山線・大行司駅‐宝珠山駅間の駅間徒歩、丸ポスト

 再び国道に戻ると、道沿いに丸ポストを発見。レトロなものとの出会いを楽しみながら歩くのは旅の醍醐味だ。民家の前だったので、怪しまれないようにサッと撮影を済ませた。

宝珠山駅から久大本線との分岐駅・夜明駅へ

 丸ポストから3分ほど歩くと、大肥川に掛けられた橋の向こうに宝珠山駅があるが見えた。

日田彦山線、風格ある宝珠山駅の木造駅舎

 かなり古そうな木造駅舎に見えるが、1997年(平成9年)に改築されたもの。一見、大きめの堂々とした造りだが、右側3分の1の駅待合室部分と、残り部分のコミュニティーセンターは別棟になっていて、屋根部分だけが繋がっている。先ほど訪れた筑前岩屋駅と似たような感じの構造だ。

 この駅はプラットホーム南端に福岡県と大分県の県境がある事で有名だ。

日田彦山線・宝珠山駅ホーム、九州北部豪雨により分断された鉄路

 そのホームに出てみた。するとこの駅も豪雨の被害で大行司の方はレールが寸断されている。いや、寸断と言うより線路の跡さえ消えていて、更に先には重機が塞ぐように止められていた。既に廃線となっているかのような風景だった。工事車両が動きやすいように整地したという理由もあるのだろうが、JR九州は日田彦山線が壊滅的な打撃を受け、復旧という選択肢を早々に捨てたのだなと感じさせれらた。

 代行バスの宝珠山バス停の位置を駅の掲示で見ると、駅とは離れた位置にあるようだ。乗り遅れないようにと少し早めに国道211号線に戻り少しバス停に歩いた。

日田彦山線代行バス、宝珠山バス停

 やってきた日田行きのバスは、豊前桝田-筑前岩屋間で乗った藤山観光のバスだった。

 県境を越え大分県に入り、最後に久大本線との分岐点の夜明駅で降りてみた。「夜明」という駅名から入場券が人気で、かつては駅前の商店で入場券を売っていたというが、他の駅前商店と同様、もう閉業となり寂れた姿のまま残るだけだった。

JR九州・夜明駅、日田彦山線の3番ホームは廃線のよう…

 日田彦山線は駅舎から遠い3番線を使っている。近くて見てみようと跨線橋に上ると、3番線はレールが錆び雑草が生えまくり、まるで廃された側線ホームのようだった。久大本線からカーブし分岐した部分にある信号が赤く灯るのがただ虚しかった…

[2020年(令和元年) 6月訪問]

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