![]() 味わい深い木造駅舎が残る美作滝尾駅。因美線の津山-美作加茂駅間が開業した1928(昭和3年)に建てられた駅舎だ。窓枠は木製で内部など、各所が非常に原形を留め、「昭和初期の標準的な小規模駅舎」という点が評価され、20008年11月1日付けで登録有形文化財となった 1970年、市が駅舎の払い下げを受けた。現在では地元の人々が駅運営委員会を作り、清掃、花壇の手入れなどの管理をしている。一時、取り壊しの話もあったが、地元の人々の熱心な運動で保存が実現しているという。今、この素晴らしい駅舎に巡り会えるのは、駅を愛する地元の人々があってこそと頭が下がる思いだ。 |
![]() 古き駅舎を飾るように、車寄せの両側に2本の松が植えられ情感を添える。映画「男はつらいよ」の最終作「寅次郎紅の花」の冒頭で登場した駅として知られ、駅舎右側に記念碑が建てられている。その事と、登録有形文化財となった事も手伝ってか、約2時間の滞在で、数組の見学者が訪れていた。写真左手の碑は「鐵道70周年記念」の碑。 |
![]() 鳥取方に2線分の行き止まりの側線跡が残っていた。その横には背の高い木造の上屋も残っていた。側線跡が残っているローカル線の駅は多いが、せいぜいホーム跡や車止め、レール程度しか残っていない事が殆どだ。古い貨物用ホームの上屋がほぼ完全な形で残っている事は貴重だ。若桜鉄道は駅舎の他、周辺の設備も登録有形文化財に登録されている事を考えると、この上屋も昔のローカル駅の設備を現代に伝えるとして、駅舎と同様に価値があると思うのだが…。 |
![]() 上屋の下に来ると、柱に錆び付いた鉄板が巻かれていて、よく見ると何か注意書きが書かれている。 「ここは貨物の保管積卸をする処で すから車両類の放置固くお断りします」 昔はこんな小さな駅の側線にも、貨物列車がわざわざ入線し、荷物を積んだり下ろしたりして、そして出発していた事を実感した。そこで働く駅員さんが何人もいたのだろうと、往時の賑やかな様子を思い浮かべていた。 |
![]() 貨物上屋天井の柱に「停(貨物上屋)二号という建物財産標的な木の板が貼り付けられたままだった。 |
![]() 駅舎の中には小さな待合室がある。昔の駅の趣を留め、きれいに整備されていてとても居心地のいい空間だ。室内には登録有形文化財に関する新聞記事、寅さん映画ロケの様子の写真などが展示してあった。 |
![]() 出札口、手小荷物窓口の両窓口跡は見事なまでに原形を留め、木の質が十分で見惚れる程。建築当時のままだという。こんな窓口で切符を買ってみたいものだが、現在では無人駅となっている。 掲示物の中に、寅さんシリーズ映画監督の山田洋次氏の手紙が展示されていた。「寅さんと共に日本中の駅を見てきましたが、美作滝尾駅ほど美しい駅はもう日本のどこにもありません。」で始まっていた。その通りだと思った。 |
![]() 無人駅とは言え、窓口裏側も有人時の造りをよく留めている。置かれいるデスクや椅子は窓口の古び具合と違和感は無く、昔からこの駅に置かれていた備品なのかも知れない。 |
![]() 駅前の桜並木を歩くと集落に出る。駅前のJAに売店があり、昼食代わりに何か買おうと思ったが、棚卸しのためこの日は休業・・・ |
![]() 食料調達ついでに集落をぶらぶらしていると、一部に洋風の造りを取り入れた民家を発見。玄関上の文字が一部潰されていて「瀧尾--局」と文字が右読みの事を考えると、結構古い建物と推察できる。おそらく、かつての郵便局で、近くに現局舎がある。こちらは移転後に個人に払い下げれたのだろう。 肝心の食料はと言うと、この近くに酒屋があり営業している気配はあったのだが、鍵が掛かり中は暗く誰もいなかった。休憩中だったのだろうか・・・。最悪でもどこかでお菓子位は調達できるだろうと、何も食べ物を買ってなかったのだが、結局、朝に食べたっきり、夜前に智頭に着くまで食料にありつく事ができなかった。 |
![]() 今回の旅は桜も目的にしていたのだが、3月下旬の冷え込みのせいで、予想を外し、満開には程遠いところが殆どだった。美作滝尾駅の駅舎横の桜もまだ2割程度の開花率。この日も春にしては寒く、知和駅にいる時は、一瞬、みぞれが降り落ちていた。そりゃ、こんなに寒いと桜もまだ寝ていたいよなぁ・・・。 [2009年4月訪問](岡山県津山市) |
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