夕陽が駅舎を染める頃
ある夏の暑い日、芸備線、木次線の駅を巡り、その日の宿の最寄り駅の出雲八代駅に着いた。この日見てきた木造駅舎はどれも古き良き趣溢れる素晴らしい駅舎ばかりだったが、この出雲八代駅もそれらの駅に負けない雰囲気をまとっている。
出雲八代駅の駅舎をホーム側から見渡してみた。1932年(昭和7年)の開業時以来の木造駅舎で、木の質感が豊かで味わい深さを感じる佇まいだ。でも近年改修されたようで、柱や外壁などの木材部分は再塗装され、まだつやつやとしている。屋根も赤茶色の新しい瓦に葺き替えられている。
プラットホームの改札口付近には、昔、この駅で使われていただろう貨物用の重量計が置かれてたままだ。何十年も昔は、田舎の駅でも小さいなれどしっかりとした駅舎を構えた有人駅が多く、そんな駅では、貨物も盛んに扱っていたという。なので、そんな駅にはこんな小さな量りが置かれていて、駅員さんが地元の住人や乗客が持ち込んだ荷物を量っていたのだろう。
床面に定位置を示すコンクリートの台座が作られているのが面白い。でも、もう測るべき荷物は2度と来ないのに、全身錆まみれになりながらも、なお同じ位置にじっとしている様は、どこか哀れで物悲しさを誘った。
プラットホームに沿ってコンクリートの花壇がいくつも並び、草木や花々が植えられていた。きっと地元の方々が丹念に育てているのだろう。
今は駅舎側の1線しか使われていないが、元々、2面2線の相対式プラットホームの配線だったようで、今でも2番線にはホームの遺構が残っている。恐らく使われなくなって久しく、夏の盛りで、すっかり草生している。徐々に自然に帰ろうとしているようだ。ホームには一部を切り欠いて作った構内通路の階段跡が残っていた。
その階段跡をよく見てみると、乗降客が不用意に構内通路を渡るのを防ぐための、階段を塞ぐ鉄製の蓋が残ったままだった。2番線はとうの昔に廃止され、蓋はすっかり錆び付いている。
この蓋、よく見てみると「やしろ」という文字が鉄板を鋳るように書かれていた。もちろん「やしろ」とはこの出雲八代駅の事で、この蓋はこの駅のためにわざわざ造られたのだ。こんな所にまで凝るんだ!と驚かされ感動すら覚えた。
駅舎に入ると、待合室内部も原形を留めている事に驚かされた。手小荷物窓口の窓部分こそサッシに替えられているが、それ以外は完全に昔のままと言え、使い込まれ木目が浮き出る木の質感がたまらない。こちらも外観同様に再塗装、ニスもたっぷり塗られつやつやとしている。「出札口」の古い看板を掲げた窓口もほぼ原形のままで見事だ。出札口が手小荷物窓口跡より少し引っ込んだ位置に設置されているのが面白い。
私が到着した夕方の時間帯は駅員さんは居なかったが、簡易委託駅との事だ。委託された地元の方が、あのレトロな窓口の奥に座り切符を売っているのだろう。この駅が昔のままながらきれいに保たれているのは、改修のお陰もあるが、委託の駅員さんが何かと気を配っているからなのだろう。
手小荷物窓口跡は、サッシ窓に替えられたが、木製カウンターはそのままで、まだ使われているかのような輝きだ。木目が浮き出、走る様が味わい深く、思わず指で辿ってしまう。
木の部分だけでなく漆喰もきれいに改修されていた。昔のままの姿を保ち渋さ漂う雰囲気は、まさに年月を経たものだけがまとう美しさと言えるだろう。駅舎を興味を持ち、日本中あれこれ見てきたつもりだが、まだこんな素晴らしい駅があったのだ。
待合室はベンチが置かれている事を考えても狭く感じ、私鉄の古駅舎を思わす。鉄道院の流れを汲むいわゆる国鉄の小駅の木造駅舎は規格化され、いくつかの基本設計に則っているが、その中でもいちばん小さな部類なのではないだろうか・・・?
駅前はやや寂しい感じがすると思ったが、少し歩くと町並みが形成されていて、商店や住宅が立ち並び、小学校なんかもあった。夕陽が街並みに陰を長く伸ばす中、今日の宿に向かった。
朝、1日の始まりを感じる駅にて
そして翌日、早めに宿を出て、再び出雲八代駅に戻ってきた。こんな素晴らしい駅にまた帰って来られ、今日の旅をスタートできるとは、とても幸せな気分だ。
駅舎正面は押し縁下見張りの木の質感豊かな外観で、ホーム側同様に昔のままの素朴で味わい深い雰囲気に溢れている。
しかし、ホーム側がニスや再塗装でつやつや徹底的にと思える程、仕上げられているのに対し、正面側はそこまででもないのは少々不思議だ。木次線のいくつかの木造駅舎でも同じような傾向が見られたが、おそらくはトロッコ列車「奥出雲おろち号」の車内から見て、見栄えするように改修したのだろう。奥出雲おろち号は木次線という枠にとどまらず、今では沿線の貴重な観光資源になってるとこの旅で肌で感じた。道中の代表的な見所、木次線の三井野原‐出雲坂根間三段スイッチバック、国道314号線の奥出雲おろちループほどではないが、レトロな木造駅舎はちょっとした見所の一つなのだろう。でも、どうせなら5分程度でもいいので、出雲八代駅など木造駅舎が残る駅で停車時間を取ってくれれば、木次線の魅力をより堪能できると思うのだが…。
駅舎出入口に「出雲八代駅協力員」と書かれた小さなプレートが取り付けられているのを発見した。その冒頭には国鉄のJNRロゴが付いている。何を意味しているか解らないが、相当古いものなのだろう。
ホームに置かれた古い木製ベンチに座り列車を待ち・・・、そして出雲八代駅を離れるまでの残された時間を惜しんだ。前日の夕方、そして翌朝と、一度の旅で2回この駅を楽しめたので、離れがたさもひとしおだ。
夏休み期間の早朝だというのに、部活動に向かう高校生達やおばさんなど、地元の人々が集まり駅は活気付き始めた。お陰で、待合室はほぼ満員だ。満員と言っても、あの狭い待合室だ。人数はほんの5、6人程度だった。
[2012年(平成24年) 7月訪問](島根県奥出雲町)
~◆レトロ駅舎カテゴリー: JR・旧国鉄の三つ星駅舎~
追記
2015年頃撮影されたウェブ上の画像では、駅舎正面側も再塗装されるなど、改修が進んだ様子。しかし、作業に伴ってか、正面の桜の木は伐採され、その跡はアスファルトで整地されている。木造駅舎は相変わらず素晴らしいが、ひどくすっきりしてしまい、何か物足りなくも感じる。