田園風景が心地よい駅
上田駅から別所線の列車に揺られた。八木沢駅のプラットホームに降り立つと、信州の山々に囲まれたのどかな田園風景が目の前に広がっていた。そして見上げると、そんな風景をも包み込むかのように、果てしない空には雲が広がる。高台にある訳ではないが、塩田平の広々とした風景が体感でる心地良い駅だ。曇りがちの空が少し恨めしくも思うが、晴れていれば、もっと清々しい眺めを望めた事だろう。
上田電鉄らしさ漂う個性的な木造駅舎
待合室を通り抜け、駅舎の正面に立ってみた。木造駅舎だが、待合室に車寄せ的な出入口を付け足した独特の形状をしている。パステルグリーンに塗られ、古い駅舎を爽やかな印象に見せる。横に並ぶトイレも木造で、これまた古めかしい。
トイレはどんなに爽やかな色にしても骨董品級の古さは隠し様が無い。しかし、残念ながら!? 扉は木の板を打ち付けられ、もう使われていないのがわかる。
駅舎やレールの脇など駅の周辺では、ひまわりが咲き誇り、夏のひと時を謳歌している。
待合室はプラットホームの高さに合わせられ、出入口を入ってすぐの所にある3段の階段で上がるようになっている。
写ってはいないが、写真左側の壁にも扉がある。その扉の向こうは自転車置き場の壁で、現在では全く意味の無い扉だ。だが、八木沢駅はかつて有人駅で、自転車置き場の横には、駅務室的な別棟の建物があったのかもしれない。
待合室内部も外観同様、パステルグリーンに塗られ、古さはありながらやはり明るい印象だ。パステルグリーンこそ、八木沢駅のイメージカラーだ。壁に造り付けの木製ベンチがある程度で、窓口跡など有人駅時代を感じさせるものは無かった。
壁に据え付けられた箱に電話が入っいるのが目に付く。無料の有線放送電話との事で、上田市内の加入者の所へのみ掛けられるとか…。「公社電話には接続できません」という箇所が時代を感じさせる。放送を謳っている通り、町内放送みたいに使われているようで、放送中は通話はできませんとの注意書きもあった。
待合室の窓には「降りる方がすんでからお乗り下さい」と標された、いかにも古そうなホーロー看板の注意書きがあった。その下部はもぎ取られた痕跡があり、「電 眼 時」の文字だけがかろうじて残っていた。字から想像するに、時計やメガネを売っていたお店の広告が、この注意書きに添えられていたのだろう。
線路を渡り反対側から八木沢駅の駅舎を眺めてみた。年月が染込んだような古き良き風情が味わい深い。窓枠は木製のままだ。レトロな雰囲気だが、何といっても形状が非常に個性的な造りなのが目を引く。待合室の広さに対し屋根が高く、屋根の一部が箱を付け足したようにホーム側に少し飛び出ているのが、少し頭でっかちに見える。この部分には何かを収納していたのだろうか…。でもこの分厚い部分は庇の役割もあるのだろう。
ミュージシャンのプロモーションビデオなどのメディアで、何度もこの八木沢駅が登場している。のどかな田舎風景もあるが、この古くて個性的な駅舎がロケ地として魅力的なのだろう。
下之郷駅の西丸子線プラットホーム跡にも、これとほぼ同型の建物があったが、近年に見違える程、リニューアルされた。上田電鉄の前身、上田交通時代、更に過去を辿ると、上田丸子電鉄、上田電鉄(初代)、上田温泉電軌と変遷しているが、最盛期は、上田駅を中心に倍以上の路線網を誇っていた。しかし、今では別所線を残すのみだ。この形状の駅舎は、上田電鉄の古い時代の小規模駅の標準型駅舎だったのかも知れない。
駅の周囲にはこじんまりとした集落となっている。
帰りの列車を待っていると、遠くから学生の掛け声が聞こえてきた。部活動か何かでランニングをしているのだろうと思っていたら、その声はどんどん駅に近付いてき、しまいには駅舎の中を通り抜け、次から次へとホームに雪崩込んできた。そして、端まで行くと、また折り返していった。八木沢駅がランニングコースの折り返し点になっているようだ。今では静かな無人駅となってしまった。しかしこんな形でも、駅は人々にとって地域のランドマーク、中心のようなものと受け止められているのかもしれないと、一瞬の喧騒が過ぎ去った駅に佇みながら思った。
[2008年(平成20年) 8月訪問](長野県上田市)
~◆レトロ駅舎カテゴリー: 私鉄の三つ星駅舎~
追記1: 八木沢駅が登場した主なメディア
音楽プロモーションビデオ(PV)、写真集、映画etc…
- いきものがかり、13thシングルPV「ふたり」
- AKB48、メジャー6rhシングルPV「夕陽を見ているか?」
- ℃-ute・鈴木愛理、DVD「夏カラダ」
- 木村文乃、写真集「ふみの」
- 武井咲、写真集「風の中の少女」
- 貫地谷しほり、写真集「二十歳」 の付属DVD
- 声優・堀江由衣、シングル「夏の約束」
- 映画「ロストハーモニー」
- 映画「あの電燈」
主なものだが、若い女性タレントのロケが多いのが目を引く。小さな木造駅舎が佇む田舎風景が情感深く、その人の魅力や引き立てる… という事だろうか?
追記2: その後の八木沢駅
2013年にペンキの塗り替えなど、駅舎が改修された。また時期は不明だが、長らく使用停止となっていた木造トイレが撤去された。駅舎の右隣に、通称「丸ポスト」とよばれる円筒形の古い形の郵便ポストが設置された。