駅と駅舎の旅写真館-railwaystation.jp-

月崎駅(小湊鐵道・小湊鉄道線)


13年前、小湊鉄道を旅した時の思い出深い駅

 小湊鉄道は2001年に乗りに来て以来、13年振り2回目の訪問だった。その時の月崎駅での思い出は、この旅での最も印象的な出来事の一つとして心に残っている。

 その日は元旦、つまり1月1日で、小湊鉄道の初乗りと駅巡りの旅を楽しんでいた。正午頃だったか、養老渓谷駅で下車した。昼食時で、何か食べたいなと思い駅前を探した。しかし、飲食店はおろか食料品店やその類の店が一軒も開いていなかった。正月とは言え一応、観光地の駅なので、多少はお店は開いているだろうと思っていたが…。これには私だけでなく、他にこの駅で降りた人々も戸惑い途方に暮れていた様子だった。正月3が日ともなれば、多くの店が休業となるので、あたりまえの事なのだが、見通しが甘すぎた。

 仕方ないので旅を続け、二駅戻り木造駅舎が残る月崎駅にやってきた。駅は鬱蒼とした林を切り開いたようなところにあり、至近の人家は駅前に数えられるほどしかないローカル駅だ。

 その駅前の見ると小さな個人商店があった。ひょっとして思いつつ何気に覗いてみると、何と営業中だった。養老渓谷駅よりはるかに閑散とした駅周辺で、来客もほとんどないかもしれないのに、日本人なら誰もが休みたいと思う元旦にまで律儀に店を開けている勤勉さに驚いた。

 パンなど食料を購入し、お陰で食いはぐれる事無く空腹を満たした。そして存分に趣き深い木造駅舎を堪能し、買ったパンを迷い犬にあげるなどして、月崎駅での時を楽しんだものだ。

満開の桜とイベントで賑やかな月崎駅

 それから、十数年ぶりに小湊鉄道に訪れた。季節はあの時の冬と違い、桜を期待して4月上旬だ。まず高滝駅を見た後、月崎駅で降りるつもりでいた。

 しかし、列車が月崎駅に進入しようとした時、車窓の外で20人以上もの人がカメラを向けているのを見てびっくりした。他にも、駅の周囲には人の姿が目に付いた。そして、車内ではハイキング姿の中高年5人組をはじめ下車する人もいるようだ。行楽シーズンだが、まさか普段はひっそっりとした無人駅である月崎駅にまで、こんなに人がいるなんて思いもしなかった。桜満開の時季で、首都圏から気軽に日帰りできるローカル鉄道として、小湊鉄道は大人気なのだろう。もうちょっと落ち着いた雰囲気がいいと思い、とっさに月崎駅で下車するのを後にする事にした。

華やかに桜咲き誇る小湊鉄道、月崎駅構内
(桜満開の小湊鉄道、月崎駅構内。)

 そして、いくつかの駅に訪れた後、月崎駅に降り立った。構内の桜が満開で、この時期に来てよかったと実感した。人は何人かいるようだが、夕方が迫り先程よりは、はるかに落ち着いた雰囲気だ。

 現在の駅構内は木造駅舎にプラットホームが寄り添う棒線駅の造りだが、かつては更に島式ホーム、側線跡となかなか広い構内を有していたようで、かつての賑わいが偲ばれる。

小湊鉄道・月崎駅の木造駅舎
(月崎駅の木造駅舎。)

 小湊鉄道は木造駅舎天国と言えるほど、多くの木造駅舎が残っているが、この月崎駅も駅舎は木造だ。ただ小湊鉄道の木造駅舎は、関東の駅100選にも選ばれた事でも知られる上総鶴舞駅とほぼ同じ造りの「小湊鉄道デザイン」と言えるような、同社独特のデザインの駅舎が大半を占める。しかしこの月崎駅に関してはそれらの駅とは違う造りだ。

 駅舎の前には、受付台のような机が出ていて、係員が待機している。これは、市原市を中心に開催中の芸術祭「いちはらアートxミックス」のためだ。イベントのコンセプトの一つに、地域資源として小湊鉄道の活用も謳われていて、同鉄道の沿線で多数の展示・イベントが開催されている。パンフレットを見ると、月崎駅近くにも会場があり、そしてこの月崎駅自体も会場のようだ。

月崎駅駅舎の車寄せ。駅名看板など印象的な雰囲気だ。
(駅名看板などが印象的な車寄せ。)

 この駅舎を個性的な点がこの車寄せだ。妻面の板張りが縦向きで、端は丸く削られ丸いギザギザが可愛らしい。そして木製の駅名看板は、木からそのまま切り出し木の形が残っている板で、野趣溢れ味わいを感じさせる。森の中にポツンと佇んでるのが似合う可愛らしい雰囲気の駅舎で、まさに今の立地に良く似合う駅舎だ。

 そして、やはりあの商店が気になり、駅前を見渡した。すると数軒並んだ家屋の中に、それらしいお店を発見して、あの時の懐かしい記憶が甦り嬉しい気分になった。小さな駅の駅前商店は廃業している所も多く、どうなっているかと気を揉んでいたが、健在で何よりだ。

桜満開の月崎駅横の空地と「もりらじお」の駅名標
(桜が満開の月崎駅横の空地。「もりらじお」の駅名標が気になる。)

 駅横の一角は何本もの桜が満開で、他にも木々が立ち並び、まるで小さな森の中のようだ。でも、きっとこの敷地にはかつて宿舎など駅の諸設備があり、駅員さんや保線員さんなど何人もの鉄道員で賑わっていたのだろう…。しかし今では痕跡は少なくなり、木々の陰に埋もれているかのようにひっそりと存在している。

 「いちはらアートxミックス」の展示の一環か、「もりらじお」という駅名標のような看板が立てられている。

月崎駅構内に残る木造の詰所後、苔がびっしりと絡み付く。
(木造の詰所には苔がびっしり。)

 その"森の中"に足を踏み入れた。中には詰所だった木造の小屋が一軒佇んでいた。その建物に近づくと、全体が苔で覆われているのに気付き驚かされた。恐らくこの詰所が使われなくなってもう何十年も立っているのだろう。その何十年の時の流れは、この建物を苔で覆い尽くすほどの年月が体現されているのかと思うと、この小さな建物にとてつもない迫力を感じた。

 詰所の入口に人が居た。聞いてみると、この木造の詰所跡が「いちはらアート×ミックス」月崎駅の展示施設となっているらしい。入場料が300円掛かるが、中がどうなっているか興味もあり、もちろん入場してみる事にした。

 係員さんとの話の中で、壁面の苔は今回の展示のために、作者の故郷から苔を持ってきて壁面に飾り付けたものと知った。最初の私の想像と違い、人為的によるものだが、それでもこの森のような空間にはよく合い、見応えはなかなかだ。

月崎駅、木造の保線員詰所の内部は現役時さながら。
(保線員詰所の中は現役時の雰囲気。)

 中に入ると土面が露出した土間になっていた。真ん中辺りが畳敷の小部屋になっていて、かつては保線員さんがここで休憩を取っていたのだろう。

 奥の方の小部屋の壁には、保線作業用の工具や標識がそのまま掛けられ、現役時を彷彿とさせる雰囲気だ。展示のために清掃や多少の手入れはされているのだろうが、木の質感がそのまま感じられる雰囲気で、昔からの造りをよく留めているのだろう。小部屋の中以外は土間になっているのも目を引く。その方が作業員さんが土足で出入りしやすいからだろう。

 展示は「森ラジオステーション」というテーマで、室内にはラジオ放送が流れ、年代物のラジオ機が多数展示されていた。ダブルカセットのラジカセを見つけると、私もこんなので音楽聴いたり、友達から借りたテープをダビングしたり、ちょっと気取ってクロムテープ買ったりしていたよなぁ…。その頃の曲を脳裏で自然と再生させながら、学生時代の懐かしい思い出していた。

 天井からは光が差し込んでいた。係の人に聞いてみると、展示として屋根くり貫いて小窓にしたという。暗い室内に自然の光が差し込む様は、古い木の味わいがいっそう引き立つ。小窓の外は、夕陽を浴びて輝くような桜の花で満たされていた。

 ユニークな展示でとても楽しめた。でも、この場所でなく、これがコンクリートのビルの中の展示だったらどうだっただろうか…?やはり、このひっそりとした駅の古い建物の中だったからこそ、より印象的な展示になったのだろう。

月崎駅、駅舎プラットホーム側の魚のイラスト
(駅舎プラットホーム側の壁には魚のイラストが…。)

 駅舎ホーム側の壁面には、駅舎の横幅からはみ出るほどに大きな魚のイラストが掲げられていた。まるで巨大鯉のぼりで、楽しげでインパクトが強い。しかし個人的にはそのままの雰囲気の駅を見たかったなと…。

月崎駅駅舎、駅事務室跡と待合室を仕切る壁は取り払われた。
(待合室と駅事務室の壁は一部が取り払われている。)

 駅舎内部は、窓口や駅事務室跡は完全に潰されと言っていいほど改修されている。これは私が最初に訪れた12年前もそうだった。恐らく他の小湊鉄道の駅に比べて無人化が早く、改修されたのも早かったのだろう。待合室と駅事務室を隔てていた窓口は半分は改修で完全に塞がれ、もう半分は取り払われている。そして駅事務室跡と繋がっている。駅務室側の窓口裏にも造り付けベンチが取り付けられているが、今はレンタサイクルの車庫となっている様子だ。

月崎駅、待合室の造り付けの木製ベンチ。
(待合室の造り付けの木製ベンチ。)

 しかし、待合室は窓口が大きく改修されている以外は、比較的良く原形を留めている。窓枠は木製のままで、造り付けの木製ベンチは、ペンキ越しに浮く木目の質感が素晴らしい。

月崎駅、駅舎待合室からも構内に咲く桜が望めた
(待合室のベンチに座り桜を眺める。)

 造り付けのベンチに座りふと外を見ると、そこからでもプラットホームや軒越しに構内に咲く桜が望めた。窓口の壁が取り払われたためめ、待合室側、駅事務室側両方の出入口から見られるワイドな眺めは思わぬ効果だ。まるでフィルムのコマを見ているかのような桜の眺めが新鮮に映った。

桜と菜の花が咲き誇る月崎駅に停車する小湊鉄道の列車。
(桜と菜の花が咲く月崎駅に停車する列車。)

 時刻表を眺めると、あと少しで五井行きの列車がやってくる時間だった。構内の桜と列車の写真を撮りたいと外に出てみた。どの位置から取るのが思案したが、駅好きの私としては、やはり駅の雰囲気と絡めて取るのが自分らしいと、駅舎横の側線跡の行き止まりホーム跡に陣取った。2線分の列車が納まる側線跡は、もちろんとうにレールは剥がされ野に還り、遺跡のように側線ホームが残る。側線跡は春の今、桜に負けじと菜の花が咲き誇っていた。桜に菜の花、なんと春らしい風景なのだろう。

 この時間になると、昼間とは打って変わって撮影者は僅か数人だった。

夕桜… 夜桜…

夕刻の月崎駅、構内の桜は刻一刻と表情を変えてゆく…
(月崎駅に夜の帳が降りようとしている…。)

 さあ、そろそろ五井に戻ろうと思い、最後の名残にとホームのベンチに座り桜を眺めた。残された夕陽が薄暗くなっていく風景の中、僅かに桜を浮かび上がらせ、夜は近づいているのだと感じさせる。夜になったらどうなっているのだろう…。見届けたいという気持ちが過ると、立ち去り難いという思いが余計に強くなった。でもこの次の列車は1時間後だ…。

 空はどんどん暗くなっていき、駅は夜の深みにはまるように闇に包まれゆく。桜はライトアップされ、廃れた構内と共に夜の中に浮かび上がる。桜は刻一刻と表情を変え艶やかさを増していく。まるで私を誘っているかのように…。

 結局、来た列車には乗らなかった。もう少しだけ、この駅にいる事にしよう。

月崎駅、夜にライトアップされた桜
(誰も居なくなった月崎駅で夜桜を愉しむ。)

 あれほど駅を賑わしていたカメラマンや、アート×ミックスの関係者や来場者もいなくなり、駅には私独りだけが残った。そして駅は夜を迎え静寂に包まれている。春でも夜になると空気は少しひんやりとする。

 駅のベンチに座り、桜を独り占めだ。こんなに素晴らしい桜を、この一時だけでも自分だけのものにできる幸せを感じながら夜桜を眺めた。ひとり花見の友はあの商店で買ったお菓子や飲み物だ。

月崎駅駅舎・プラットホームと夜桜
(いよいよ月崎駅を去る時。)

 名残惜しいが、本当にこの駅から立ち去らなければいけない時間がこようとしていた。最後にと惜しみつつプラットホームや駅舎周辺を軽く歩き回った。駅前に出ると、あの商店は闇夜の中、まだ煌々と店の明かりを灯してるのが私の目に映った。


[2014年4月訪問]

追記: その後月崎駅

 2014年8月、月崎駅での切符販売が業務委託として復活した。1967年に駅が無人化されて以来、実に47年ぶりの復活とか。委託先はあの駅前商店こと「Yショップ朝日屋」。扱ってる券は何と硬券!乗車券の他、入場券も扱っている。

 2016年3月に公開された映画「星ガ丘ワンダーランド」で、月崎駅がメインのロケ地なっている。月崎駅は閉園された遊園地、星ガ丘ワンダーランドの最寄駅の星ガ丘駅として登場。主人公の瀬尾は星ガ丘駅に勤める駅員という設定で、「森ラジオステーション」の展示場となっていた保線員詰所は、落し物預り所として登場しているとの事。

 詰所跡の「森ラジオステーション」を維持管理するための団体「森遊会」が発足し積極的な活動を行っている。また、週末は極力、詰所内部を公開するとの事。詳しくは森遊会ウェブサイトへ。

月崎駅・基本情報+

鉄道会社・路線:
小湊鐵道・小湊鉄道線
駅所在地:
千葉県市原市月崎 539
主な歴史
1926年(大正15年) 9月1日
開業
1967年(昭和42年)
無人駅となる。
2014年(平成26年) 4月
第1回いちはらアート×ミックスが開催され、月崎駅が会場の一つとなる。
2014年8月15日
駅前商店での切符の簡易委託販売が開始。
2017年(平成29年) 5月2日
駅本屋とプラットホームが国の登録有形文化財に登録。
2017年(平成29年) 11月
市原市田淵の地球磁場逆転地層、いわゆる「チバニアン」の最寄駅として話題に。
2018年(平成30年) 3月1日
名誉駅長、名誉駅務員が就任。
駅舎竣工年:
1926年※駅開業以来の駅舎
駅営業形態:
無人駅 。(※追記の通り、乗車券・入場券の販売が駅前の商店に販売委託されている。)

ローカル私鉄の小さな駅舎を訪ねる旅

青部駅 (大井川鉄道)
周辺は茶畑ののどかな集落で、木造駅舎が残る。(静岡県)
浦山駅 (富山地方鉄道本線)
小さな木造駅舎は改修されてきれいになった。(富山県)
元山駅 (高松琴平電鉄・長尾線)
軒の下に待合所に切符売場跡がある簡素な木造駅舎。細部の装飾が面白い。(香川県)