ね…寝過ごした~!!
花咲線という愛称を持つ根室本線末端区間を列車で旅している途上、根室駅から折り返して木造駅舎が残る糸魚沢駅で下車するつもりでいた。しかし…、寝過ごしてしまい、目を覚まし車窓の外に目をやると、ちょうど糸魚沢駅のプラットホームから離れているところだった。
うわ~~~しまった!!何とか糸魚沢駅を訪問できないかと思い、焦って時刻表をめくった。すると、次の厚岸駅で上下列車の交換がある事を知り、厚岸駅に到着すると、すぐに下り列車に乗り移った。本数の少ない根室本線で、奇跡的なタイミングで何とも幸運だった。
それにしても、実は最近、たまにこういうポカをするようになってしまった。花咲線の列車の揺れが余程心地よかったのか…。それとも前夜、夜行特急まりもで過ごしで睡眠の質が十分で無かったため、疲れが出たのだろうか…。多分、年で何かと疲れやすくなったのだろう。列車に揺られ安堵を感じつつも、失態を思うといつの間にか溜息が漏れ出ていた。
そしてようやく糸魚沢駅に到着した。雪は止んでいるとは言っても、空気が突き刺すような寒さで、レールの向こう側には、一つの建物さえも無い真っ白の原野が広がっていた。
無人駅となりひっそりとする木造駅舎
糸魚沢駅の木造駅舎は素朴で古びた板張りに味わい深さを感じるが、屋根がとても個性的な造りをしているのが目を引く。ホーム側と駅舎正面で、屋根の側面が三角形になるのではなく、互い違いのように段差を付けて配置されている。ホーム側の方が一段高くなっていて、ホーム側に傾斜する屋根は、駅舎から少し突き出て、そのまま軒となっている。
駅の開業は1919年(大正8年)11月25日だが、この駅舎が建てられたのは戦後の1950年(昭和25年)だ。2駅釧路寄りの門静駅も同形の駅舎だったが、2003年(平成15年)に取り壊されてしまった。
互い違いに屋根を配置した結果、駅舎正面側に段差ができ、屋根に細長い壁が出来たような形になっている。その部分には、採光窓か通風孔らしきものが取り付けられている。
旧駅務室を窓越しに撮影してみた。無人駅となり放置されて久しいのか、薄暗さの中に、埃っぽく汚れている室内が見える。窓口の内部は原形をよく留めていた。棚に整然と並べられた湯呑が、かつてここには人がいた痕跡を生々しく伝えている。
現在は無人駅となり、待合室は綺麗に改装され、かつて窓口があった部分はきれいに改修され、のっぺらぼうのようにフラットな壁となっている。しかし、手小荷物受付窓口跡の台が一部残されている。
屋外からあの段差部分の採光窓か通風孔のようなものを見ると、駅舎内はさぞ天井が高いのだろうと思ってしまう。しかし待合室も旧駅務室も特にそうではなく、ごく普通の高さだった。ではなぜ糸魚沢駅ではあのような構造の屋根が採用されたのだろうかと不思議に思う。元々、天井は高かったが、改装されて天井が低くなったのか…。それとも、屋根裏を倉庫か何かで使うために、屋根のデザインに段差を設ける事により、スペースを確保したのだろうか…。だとしたら、屋根裏に用事がある時は、梯子で上ったのだろうか…。
糸魚沢駅前には国道44号線が通り、沿線に商店や簡易郵便局などがある集落となっている。「国道」と付くとは言え小集落で、人通りも車の往来もあまりない。かつて厚岸駅-霧多布温泉間の路線バスが通っていたが、2006年に廃止されてしまったとの事。
駅に戻ってきてプラットホーム側から駅舎を眺めた。パステルグリーンに塗られているが、徐々に剥げ、元の木の壁面が姿を覗かせている。
JR北海道の駅では、駅舎の柱や電柱などに、ひらがなで書かれた縦長の駅名看板が掲げられている場合が多いが、糸魚沢駅にも柱に駅名看板がいくつも取り付けられていた。だけど、こんな無人駅に広告(というか自社のロゴ)を出してしまうサッポロビールはなかなかすごい。無料ではなかっただろうに…。さすが北海道を起源とし根ざしている会社だけはある。
軒の上には、方位を示す星状の板が張り付いていた。
柱の上部は軒と一体になり補強されていた。木造の壁面の古び具合に比べ、柱はそんな感じはせず、むしろ、まだ新しさを残す質感があった。コンクリートの土台も、使い込まれていない明るい灰色だった。近年、改修され柱が取り替えられたのだろう。…だとしたら、この駅舎はまだまだ取り壊される事無く安泰なのだろうと思うと嬉しくなった。今は一面真っ白の冬だが、今度はそれ以外の時期に訪れてみたいものだ。
[2007年(平成19年) 2月訪問](北海道厚岸郡厚岸町)
追記1: 糸魚沢駅新駅舎
糸魚沢駅の駅舎が改築される事になり、2014年12月より新駅舎建設の工事に入った。新駅舎の規模は、現在に比べかなり小規模になるようだ。まあ、無人駅となって久しく、待合室程度しか必要がないので、当然だろう…。
工事は、まずここで紹介している木造駅舎正面の扉より右側を切り崩し、その空いた土地も利用し新駅舎が建てられた。2015年1月29日、新駅舎に後を託すと、古き駅舎は60年以上に渡る長年の役割を遂に終えた。そして2月になると、取り壊されてしまったという。私のまた訪れたいという願いは叶わなかった…
糸魚沢駅取壊しの少し前、釧網本線の鱒浦駅の木造駅舎が取り壊されていた。純木造駅舎と言えるような、味わい深い北海道の駅舎が、立て続けに取り壊された衝撃は大きなものだった。ただ、取り壊しを惜しむ鉄道ファン達の声が責めてものはなむけだったように思う。
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- JR・旧国鉄の失われしレトロ駅舎
追記2: 糸魚沢駅廃止か?
2021年6月、JR北海道が糸魚沢駅の廃止を検討していると報じられた。糸魚沢駅の利用者数は一日平均1.0人で、花咲線の駅の中でも最も少なかったと言う。
2021年9月、来春2020年のダイヤ改正で7駅を廃止する方針と公表された。既に報道されていた糸魚沢駅、宗谷本線・歌内駅の他、函館本線5駅(この時点で未公表)が廃止となる見込み。糸魚沢駅は新駅舎に建て替えられてからまだ6年で、なんとももったいない話だ。
2021年12月、次のダイヤ改正で糸魚沢駅の廃止が発表され、2022年3月12日廃止となった。