霞ヶ丘駅跡~名鉄瀬戸線の廃駅跡(1)~



廃止後半世紀過ぎても残る痕跡

 名鉄瀬戸線の霞ヶ丘駅は、現在の大森・金城学院前駅と印場駅の間にあった駅だ。

 1927年(昭和2年)の開業で、1944年(昭和19年)年に休止となった。そして、2度と復活する事無く、1969年(昭和44年)に正式に廃止となった。


 印場駅で下車し、出来るだけ線路沿いに栄の方に向けて歩き始めた。住宅の間を道を右へ左へと曲がりながら、約20分程歩くと、住宅地の中の踏切横に、霞ヶ丘駅の跡があるのを見つけた。

名鉄瀬戸線、大森駅‐印場駅間にあった霞ヶ丘駅の廃駅跡

 ホームはとうの昔に削り取られたのだろう。しかし、レールに沿って、プラットホームの一部だったにコンクリートの構造物が僅かに姿を覗かせている。見た所、十数メートル位で、1、2両分程度の長さでしかない。

名鉄瀬戸線の廃駅、霞ヶ丘駅のプラットホーム跡を列車が通過

 上りの線路横にあるコンクリートの残骸は、かつてのホーム跡を縁取りしているかのように低く残り、廃線から30年が経過した現代ても、ホームがあった場所を教えてくれる。しかし、今は残骸と成り果て、ホーム跡を雑草が支配している。上りホーム側の背後に、駅舎があったと言うが、今ではぎりぎりの位置にアパートが立っている。

 上りホームと対になっているのように、下りホーム側にも同じ長さの痕跡が残っている。だが、背後はレールと平行するような上り坂が覆い被さっていて、その下からコンクリートが僅かに覗くだけだ。安全上、さすがに、ホームがこんなに狭いという事は無いだろうから、廃駅後、坂の道路を拡張するために埋められたのだろう。でも、元々、狭隘な地で、ホームは人がやっと擦れ違える程度のかなり狭いものだったのかもしれない…。

[2001年(平成13年) 5月訪問](愛知県尾張旭市)