一畑口駅(一畑電車・北松江線)~長閑な要衝の駅に残る木造駅舎~



レアな平面スイッチバックの駅

 夏の熱気の中、松江市街地のホテルから宍道湖北岸を自転車で走った。

島根県出雲市、一畑電車・一畑口駅近くの風景

 「一畑薬師 6㎞」の看板のある交差点で右に曲がると、湖広がる風景から山間の田んぼの中に家屋が点在する風景に変わった。

一畑電車、一軒の商店がある一畑口駅駅前、

 地図の通り走ると一畑電車のレールが見え、そして一畑口駅の駅前に至った。駅前には一軒の商店と、点在して家屋があるだけ。ありふれた田舎のローカル線の駅だった。

一畑電車・北松江線。一畑口駅に停車する7000系電車

 とりあえず駐輪場に自転車を止めると、列車が来る気配がし、カメラを持ってホームに向かった。

 やってきたのは松江しんじ温泉行きの7000系電車。地方私鉄としては珍しい自社発注の車両。ご自慢の新車はまだピカピカ。数分停車し、バックするように逆方向に一畑口駅を出発し、ちょっと先で分岐しているレールの左の方に進んだ。

一畑電車・北松江線、一畑口駅に進入する1000系電車

 ほどなくして、今度は電鉄出雲市行きの列車が一畑口駅に進入してきた。数分停車すると、同じように進行方向を変え、右側のレールに進んでいった。

 このように一畑口駅は平面にある駅としては珍しくスイッチバック配線の-駅となってる。

一畑電車・一畑口駅、一畑駅へは廃線となり行き止まりに

 駅の北側までレールは錆びながらも続き、雑草の中で尽きていた。まるで廃線跡のよう。しかし、80年以上昔の1944年までは3.3㎞先、目のお薬師様として知られる一畑寺(一畑薬師)のお膝元にある一畑駅まで列車は走っていた。


 一畑電車は、元々、起源となる一畑軽便鉄道が出雲今市(現・電鉄出雲市駅)-一畑駅間で開業した路線だ。1914年(大正3年)4月29日に出雲今市―雲州平田駅が開業。翌1915年(大正4年)2月4日に一畑駅まで延伸。一畑口駅も延伸時に開業。開業時の駅名は小境灘(こざかいなだ)だった。

 小境とはこの辺りの町の名前だが、「灘」とは潮の流れが速い難所を表す。宍道湖まで500mと近いので、宍道湖由来の駅名なのだろうか…?

 一畑開業の13年後、1928年(昭和3年)4月5日に北松江駅(現・松江しんじ温泉駅)-小境灘駅間が開業、既存路線と接続した。費用や手間をかけて元々の線形や駅の構造を変更してまでという程でも無かったので、スイッチバック構造の駅となったのだろう。

 しかし1944年(昭和19年)12月10日、小境灘駅-一畑間が戦時の不要不急路線とされ休止。戦後、休止区間は復活する事無く、1960年(昭和35年)4月26日に廃止された。

 小境灘駅は廃線前の1952年(昭和27年)10月1日に、現在の一畑口駅に改称されていた。休止区間の復活は、一畑側ももう諦めていて、小境灘駅に一畑薬師へのアクセス駅としての役割を託したのだろう。

一畑電車・北松江線、スイッチバック駅・一畑口駅のプラットホーム

 一畑口駅は駅舎側の1番線と島式の2・3番線と2面3線の配線。島式のホームは地方私鉄らしく小さめ。3番線は現在では使用されていない。

 一応、1番線が松江しんじ温泉方面、2番線が電鉄出雲市方面ホームとなっているが、出雲市方面行も列車の行き違いが無い時は1番線の発着となっている。

島根の杉で改修された古い木造駅舎が残る

 さて、駅舎を見てみよう。

一畑電車・北松江線、古い木造駅舎が残る一畑口駅

 一畑口駅は木の質感溢れるような木造駅舎が現役。築100年かと思うような外観だが、2000年代に島根県内の斐伊川流域で伐採された杉で改修された姿だ。ただ、改修前と形状は同じ。なので何年築かは不明ながらも、相当古い駅舎なのは確かだろう。もしかしたら小境灘とした開業した1915年(大正4年)以来の駅舎かもしれない…

一畑電車・北松江駅の木造駅舎、正面には駅名標が無い!?

 木の質感が趣あるが、窓が少なく木の壁が目立つ古びた建築物は、一見、駅ではなく工場か何か作業場かと錯覚してしまいそう。

「駅名標すら掲げていない!」
…と思ったが、よく見たら出入口軒の左横にあった。木製の駅名標はすっかり風化し文字はほぼ消え、背後の外壁に同化していた。

一畑電車・一畑口駅、駅舎の横の立派な木造上屋

 駅舎の左には、駅舎の同じ位の広さの木造上屋があり壮観。現在では正面の左6割ほどが自転車置場に、右の4割ほどがバスの待合所、それらの裏側の改札内は列車待合所なっている。

 しかし、かつてはここに降車用改札口なんかがあったのかもしれない。そしてバスやタクシーで一畑薬師へ参拝する人でとても賑わったのだろう。一畑薬師の近くには一畑パークという一畑電鉄直営の遊園地もあり、賑わいもひとしおだったのだろう。一畑薬師へお参りしてから一畑パークで遊ぶというのが地元の親子連れの定番コースだったのかもしれない。

 周囲の長閑な風景だけを見れば、一面一線の棒線駅で済んでしまう規模だったかもしれない。だけどスイッチバックという運行の要衝で一畑薬師へのアクセス駅。立派な駅が造られたものだ。

一畑電車・一畑口駅、駅舎横の木造上屋下の自転車置場

 上屋の屋根の裏側を見ると、真ん中に並んでいた柱を切り取ってスペースを拡張したのがわかる。自転車置場は元々、すぐ近くにあったが、老朽化のため使用禁止となり、ここを代わりに使っているようだ。

一畑電車・一畑口駅、木造上屋下のバス待合所

 木造上屋のバス・タクシー待合所の方を見ると、4~5畳位の小さな部屋があった。かつてのバス、もしくはタクシーの事務所だったのだろうか…?

 バス停のポールも立っていた。時刻表を見ると、一畑薬師への路線もあるが、一日に三本…。半日かけてのんびり見るにはいいけど、かなり少ないかな…。そのためか駅には「一畑薬師へはタクシーでどうぞ」という案内が掲示されていた。

一畑電車・北松江駅の木造駅舎、島根県の杉で改修された待合室

 待合室内も杉で改修され古さは感じない。風雨に晒されないぶん、外壁よりもきれいだ。

一畑電車・一畑口駅、無人駅となり使われなくなった出札口・窓口

 一畑口駅は2017年に無人化された。昔はスイッチバック駅として、運行管理の要員が必要で、一畑薬師への案内も兼ねていたのだろう。でも運行が自動化され、乗降客も減少し駅員を置く必要も無くなったのだろう。

 片隅には窓口の跡がまだ残っていた。旧国鉄駅の窓口跡を見慣れていると、やはり異質だ。何て言ったらいいか、レトロな商店のような趣だ。

一畑電車・一畑口駅、駅中にある明治のホーロ看板付の木製ベンチ

 木造上屋下の自転車置場裏側の改札内側には、「明治キャラメル」「明治オレンジジュース」のホーロー看板が付いたレトロな木製ベンチが置かれていた。2・3番線の上屋下には「明治キャラメル」、更に待合室にも「明治キャラメル」「明治チョコレート」と、なぜか5脚もの明治の古いベンチがこの駅にはある。レトロファンにはたまらない。思わず
「チョッコレート、チョッコレート、チョコレートは明治…」
古いCMソングを口ずさんでしまった。

自転車でそのまま…

一畑電車・一畑口駅、駅名標をと駅舎をバックに愛車BROMPTONを記念撮影

 一畑電車では、自転車をそのまま車内に持ち込めるサービスをしている。沿線でイベントがある時など除外日はあるが、終日OK。持込料が350円掛かるが、そのまま乗車、下車しそのまま行ける事は、旅行者じゃなくても有難い。

 ホームに自転車をそのまま持ち込むのは、通常、禁止だが、堂々と持ち込んで駅名標を前に記念撮影できたのは嬉しかった。

一畑電車・一畑口駅の目玉おやじ像

 ホーム上には、なぜか岩の上に載った目玉おやじ像があった。目玉おやじ…、ゲゲゲの鬼太郎と言えばお隣の鳥取だろうと思った。

 何でと思ったが、ゲゲゲの鬼太郎の作者の水木しげるが幼い頃、お手伝いののんのんばあに連れられ一畑薬師を参拝したのが縁との事。一畑薬師や門前にあるものも含めると7体の像があるらしいが、のんのんばあと水木しげる像以外は目玉おやじとの事。主役の鬼太郎やねずみ男はいないらしい。
「ああ、なるほど。一畑薬師は目のお薬師様だからね…」。
と納得。一畑口駅の目玉おやじにも誰かが目の健康のご利益を願ってか、賽銭のように一円玉が何枚か添えられていた。

自転車がそのまま車内に持ち込める一畑電車

 一畑口駅から電鉄出雲市行きの列車に乗り込んだ。やってきたのはクロスシートとロングシートを自在に変換できる8000系。ロングシート運用だったが、シート横にちょっとできた隙間に、後輪だけ折りたたんだ私の自転車はジャストフィット。私はその横に座った。自転車を折りたたんで袋に入れ列車に載せる輪行というスタイルでよく旅するが、そのままの愛車と並んで座っていると、まさに一緒に旅をしている気分。いつも以上に嬉しく思いながら列車に揺られた。

[2026年(令和8年)7月訪問](島根県出雲市)

レトロ駅舎カテゴリー:
二つ星 私鉄の二つ星レトロ駅舎