知来駅(国鉄・湧網線)~廃線後、転用され生き残る木造駅舎~



湧網線の廃線跡を求めて…

 北海道自転車旅行中、サロマ湖近くを走っている時、既に廃止された国鉄湧網線の事を思い出した。もしかしたら、廃線跡がまだ残っているかもしれない。そして、頭の中の湧網線の経路を思い浮かべながらサロマ湖沿いの道から外れ、内陸部を目指した。

 しばらくすると右手に雑草が生え、木々が生えた空地のような空間の中に、駅舎っぽい建物がポツンと佇んでいるのを見つけた。気になり自転車を止め、その建物に自転車をもたせかけた。建物の前に立ち見渡すと、玄関横に「知来ゲートボール会館」という看板が掲げられているのに気付いた。知来…、かつての知来駅の駅舎だろうか…?

国鉄・湧網線・知来駅、廃線10年後も残る木造駅舎

 その木造モルタルの建物は小さく、箱のように単純な形状だが、窓が大きくとられているのが特徴的だ。

国鉄・湧網線の廃線跡、残存する知来駅の木造駅舎

 建物の裏手に回ってみると、更地になっていた。プラットホームと道床の段差と言った痕跡は確認出来なく、ただ空地となってるだけだった。

 しかし、建物から伸び出ている軒は駅の雰囲気があり、柱には古レールが使われていた。そして周囲の土地を見渡すと、心なしか、駅を通る微妙な通路のような空間が続いていた。ちょうど単線のレールが通っていたと思わせる幅がある。ただ、その空間上には、背が低い若木が育っていた。1987年3月20日の湧網線廃止から、もう10年か…。改めて時の流れを感じさせられた。

国鉄・湧網線跡・知来駅の木造駅舎、待合室の分電盤

 建物の中に入ってみた、看板の通り、地元のゲートボール施設の倉庫として使われ、内部は用品で埋めて尽くされている。

 壁に電気のスイッチ類が集まった分電盤というものが取り付けられているのを見つけた。

 分電盤に注意書きが貼り付けられていた。しかし、「・・・気は・・・ ・・・消しましよう・・・」と、趣旨はなんとなく判るが、破れていて完全に判読する事は出来ない。その注意書きの下を見ると「旭川鉄道管理局」と書かれていた。駅だろうと思ってはいたが、この建物はやはり知来駅の駅舎だったのだ。

国鉄・湧網線廃線跡、知来駅跡の分電盤に残された「旭川鉄道管理局」の文字。

[1997年(平成9年) 9月訪問](北海道常呂郡佐呂間町)

~◆レトロ駅舎カテゴリー: JR・旧国鉄の保存・復元・残存駅舎~~


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