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新村駅(アルピコ交通(松本電鉄)・上高地線、木造駅舎)


駅舎の新旧交代が近づく新村駅

アルピコ交通(松本電鉄)新村駅プラットホームの松
(華やかな色の列車が新村駅に到着。)

 まもなく駅舎が新築されると聞き、アルピコ交通の新村駅を訪れた。10年ほど前に訪れて以来の訪問だ。

 プラットホームに降り立つと植えられた松がまず印象的に映った。もう何十年も前に植えられたのだろうか…?JRより幅がやや狭い島式ホームにあって見上げる程に高く成長している。そして華やかなカラーリングの車両とは不思議ととてもよく合う。

上高地線・新村駅プラットホームから車庫などがある構内を見渡す
(新村駅プラットホームと構内。)

 新村駅構内は、上高地線の運転指令室や車庫がある松本電鉄の一大拠点で、何本もの側線が敷かれるなど広い敷地を持つ。

アルピコ交通(松本電)・新村駅に留置されているED301電気機関車
(古い電気機関車にはクリスマスの装飾が…)

 構内にはかつては国鉄ED22電気機関車だったED301電気機関車が保管されている。12月に入りクリスマス前という事で、サンタクロースやイルミネーションが飾られ、古い機関車はレトロなメルヘンチックさを漂わす。サンタクロース達が機関車を修理して運転室に乗り込み、再び動かしてくれると言う素敵なプレゼントをくれないかと想像…。

アルピコ交通(松本電鉄)・新村駅、現駅舎の横で新駅舎の工事が進む
(現駅舎の横で新駅舎の工事が進む…。)

 今回、松本電鉄を訪問する大きな動機となったのは、松本電鉄の前身の筑摩鉄道以来の木造駅舎が残るという新村駅と森口駅の両駅の駅舎が新築される事になったからだ。しかも新村駅はもう工事に入ってると聞き、これは急がなければいけないと思い、急遽日帰りで訪問する事を決めたのだった。

 幸いな事に、古い駅舎にはまだ手を付けられいなかった。しかしその横では、側線ホームを切り崩して新駅舎の基礎部分の工事が既に始まっていた。アルピコ交通の発表によると、新村駅は駐輪場改築、駅前整備とも記載されているので、狭隘な駅前の土地を考えると、現駅舎はいずれ取り壊されてしまうのだろうか…。

新村駅駅舎プラットホーム側
(駅舎プラットホーム側。)

 構内通路を通り駅舎ホーム側へやって来た。12月を迎えたがまだ本格的な雪は降っていないようだ。しかし、枕木で造られた花壇が雪をうっすらと被り木々や緑が寒そうだ。

新村駅、駅舎軒下には水場がポツンと…
(軒下には水場がポツンと。)

 駅舎ホーム側の軒下には水場がポツンとあった。家庭用台所の水場が屋外に設置されたかのような不思議な感じだが、水場だったりトイレの手洗い場だったりと使われている様子。森口駅にも駅舎の外に似たような水場があったので、松本電鉄独特の駅構内設備なのかもしれない。

新村駅、駅舎横の降車客用改札口跡
(駅舎屋外の古い改降車用札口跡。)

 駅舎の横には、降車用の屋外改札口の跡が残っている。少し錆びた鉄パイプのラッチと、使い込まれた木の窓枠など、昔ながらの木造駅舎らしいムードある佇まいは深い味わいがある。そして頭上の柱には、裸電球が一つ取り付けられているのが目を引く。夜になったら日中とは違った趣ある夜の雰囲気に包まれるのだろう。

大正10年築の木造駅舎、アルピコ交通(松本電鉄)新村駅。
(新村駅には大正10年築の木造駅舎が残る。)

 新村駅駅舎の正面にまわってみた。大正10年(1921年)10月2日、筑摩鉄道として開業した当時からの木造駅舎だ。島々線と言う線名で松本‐新村間での開業で、この駅が終着駅だった。

 コの字型の構造の左右対称の洋風の雰囲気漂う駅舎で、左側が待合室と窓口で、右側が駅務室になっている。古びた木造駅舎はいくつかのサッシ窓が目障りにならな程、えもいわれぬ雰囲気を漂わせている。自転車置き場が駅舎半分を覆い隠すような位置にあるのが少し惜しい気はするが…。

新村駅車寄せの筑摩鉄道社紋と稲光の装飾
(車寄せには筑摩鉄道の社紋と稲妻の模様が掲げられる。)

 そして何よりもこの駅舎を印象付けているのが、車寄せに掲げられた筑摩鉄道の社紋とその両脇の赤い稲妻の模様だ。稲光は大正の開業にあって、やはり“電気”鉄道を象徴するようなマークなのだろうか。この社紋と稲光が掲げられた部分は板がたわんできているようで、僅かに曲がっている。やはり相当に古く傷みが出てきているのだろう。

新村駅に保存されている青ガエル色の松本電鉄5000系電車
(構内では「青ガエル」こと元東急の5000系が保存されている。)

 構内外れには元東急5000系で、松本電鉄でも活躍した5000系電車が静態保存されている。松本電鉄では独自の塗装だったが、ボランティアの手により東急「青ガエル」時代のレトロな緑色に塗られ、まるで新車みたいにきれいだ。中を覗くと、イベントスペースとして利用されてる雰囲気があった。帰って調べると「縁側電車」として、月に1~2回開放されイベントも開催されていると言う。こんな事に協力的な松本電鉄だから、歴史ある新村駅の駅舎を現役引退後も取り壊さないで保存してくれないかと、かすかな希望に期待してしまう…。

昔のままの待合室…

新村駅駅舎、使い込まれた待合室は非常に味わい深い空間だ。
(使い込まれた待合室は味わい深い。)

 駅舎内に一歩足を踏み入れると、古びた造りを残したまま、なおも使用されている待合室に漂う雰囲気に圧倒されたような感覚を覚えた。それ程までにレトロで趣きのある空間だ。地元の人々にとってはいつものありふれた空間なのだろうが…。古いが有人駅のせいで寂れた感じはしなく、大切に使われつづけているなと感じる。

新村駅駅舎、待合室の木製造り付けベンチ
(木製の造り付けベンチもよく手入れされている。)

 造り付けの木製ベンチには、古くて木の紋様が浮き出ている。ニスしっかりが塗られ、古さの中にもつやつやとしている。使い込まれくすんだ感じの壁や木製の窓枠も素晴らしい。冬本番を控え外は寒く、列車を待つ人は一旦ここで腰掛け寒さをしのぎ、列車到着前にホームに向かっていた。

アルピコ交通(松本電鉄)新村駅のレトロな手小荷物窓口跡(左)と出札口(右)
(古く装飾が凝った窓口。)

 出札口、手小荷物窓口跡もほぼ原型を留めていて、右側の出札口は未だに現役で、自動券売機さえも置かれていない。何十年も前の駅さながらだ。出札口の周りの装飾が凝った洋風の造りなのも素晴らしい。

新村駅出札口、古い木製の切符収納棚も現役だ。
(切符収納棚も木製の古いものだ。)

 きっぷを買おうと窓口に行くと、硬券など切符を収納していた棚が木製なのが目に入った。かなり古いに違いない。もう50年以上は使われているのだろうか…。各駅への硬券切符や定期券がたくさん収納され改めて現役である事を実感する。どこまでも渋い新村駅にただ感嘆。

新村駅プラットホーム、信州の山々そして地元の人々といういつもの光景…
(信州の山々、そして地元の人々…新村駅いつもの光景。)

 新村駅は町中にある有人駅で、利用者も多いようだが、回りには山々が遠望でき、信州の駅なのだなと実感する。

 午前は他のローカル線と同様、年配の人が目立つ。私と同じ次の列車に乗るおばあさん達は、きっともう何十年も新村駅を利用しているのだと思う。何十年とあたりまえのように利用している駅舎が無くなるという事は、見慣れた駅の風景ががらりと変るという事なのだろう。新村駅が新しくなるけどどう思いますかと聞いてみたいとふと思った・・・。


[2011年12月訪問](長野県松本市)


※注:松本電気鉄道は2011年4月に川中島バスなど長野県内いくつかのバス会社と合併して「アルピコ交通」と社名変更されたが、便宜的に旧社名も使用されてる。)

追記:その後の新村駅

 新村駅新駅舎が完成、2012年3月24日供用開始となった。

 一方、地元住民を中心に、新村駅旧駅舎保存運動が起こり「新村駅舎を残す会」が結成された。そのため、この旧駅舎は使われていないが、2016年3月現在、残置されているとの事。旧駅舎の処遇についは関連情報は元東急5000系の開放イベント「縁日電車」などを主催する「上高地駅線応援隊」のブログに掲載されているかもしれない。

 2017年3月10日、アルピコ交通から、新村駅旧駅舎解体が発表された。老朽化が激しく大雪や地震の際、倒壊する恐れがあるなど、防災上の問題が懸念されているためという。工事は3月21日から始まる予定。

長野県ローカル私鉄の木造駅舎

森口駅(アルピコ交通)
新駅舎竣工後も残存していたが、2015年3月、遂に取り壊されたとの事。
信濃川田駅(長野電鉄・屋代線)
※屋代線は廃止されたが、駅舎はバス待合所として使われている。
中塩田駅(上田電鉄・別所線)
※洋風木造駅舎。荒廃気味だったが、きれいに修復された。