駅舎の新旧交代が迫る新村駅
2011年4月、松本電気鉄道は川中島バスなど長野県内いくつかのバス会社と合併して「アルピコ交通」と社名変更されていた。かわいらしいような不思議な社名にまだ馴染めずに思いつつ、アルピコ交通の唯一の鉄道路線、上高地線の旅をしていた。
まもなく駅舎が新築されると聞き、アルピコ交通の新村駅を訪れた。10年ほど前に訪れて以来の訪問だ。
プラットホームに降り立つと植えられた松がまず印象的に映った。もう何十年も前に植えられたのだろうか…?JRより幅がやや狭い島式ホームにあって、見上げる程に高く成長している。虹の風のような華やかなカラーリングの元京王車とは不思議とよく似合ってる。
新村駅構内は、上高地線の運転指令室や車庫がある一大拠点で、何本もの側線が敷かれるなど、プラットホームをしのぐ広い敷地を持つ。
構内にはかつては国鉄ED22電気機関車だったED301電気機関車が保管されている。12月に入りクリスマス前という事で、サンタクロースやイルミネーションが飾られ、古い機関車はレトロなメルヘンチックさを漂わす。いたずら好きなサンタクロース達が機関車を修理して運転室に乗り込み、再び動かしてくれると言う素敵なプレゼントをくれないかと期待してしまう。
今回、上高地線を訪問する大きな動機となったのは、松本電鉄の前身の筑摩鉄道以来の木造駅舎が残るという新村駅と森口駅の両駅の駅舎が新築される事になったからだ。しかも新村駅はもう工事に入ってると聞き、これは急がなければいけないと思い、急遽日帰りで訪問する事を決めたのだった。
幸いな事に、古い駅舎にはまだ手を付けられいなかった。しかしその横では、側線ホームを切り崩して新駅舎の基礎部分の工事が既に始まっていた。アルピコ交通の発表によると、新村駅は駐輪場改築、駅前整備とも記載されているので、狭隘な駅前の土地を考えると、現駅舎はいずれ取り壊されてしまうのだろうか。
隅々まで趣溢れる骨董品のような空間
構内通路を通り駅舎ホーム側へやって来た。12月を迎えたがまだ本格的な雪は降っていないようだ。しかし、枕木で造られた花壇が雪をうっすらと被り木々や緑が寒そうだ。
駅舎ホーム側の軒下には水場がポツンとあった。家庭用台所の水場が屋外に設置されたかのような不思議な感じだが、水場だったりトイレの手洗い場だったりと使われている様子。森口駅にも駅舎の外に似たような水場があったので、松本電鉄独特の駅構内設備なのかもしれない。
駅舎の横には、降車用の屋外改札口の跡が残っている。少し錆びた鉄パイプのラッチと、使い込まれた木の窓枠など、昔ながらの木造駅舎らしいムードある佇まいは深い味わいがある。そして頭上の柱には、裸電球が一つ取り付けられているのが目を引く。夜になったら日中とは違った趣ある夜の雰囲気に包まれるのだろう。
新村駅駅舎の正面にまわってみた。大正10年(1921年)10月2日、筑摩鉄道として開業した当時からの木造駅舎だ。かつては島々線と言う線名で、松本‐新村間での開業で、この駅が終着駅だった。
コの字型の構造の左右対称の洋風の雰囲気漂う駅舎で、左側が待合室と窓口で、右側が駅事務室になっている。古びた木造駅舎はいくつかのサッシ窓が目障りにならな程、えもいわれぬ雰囲気を漂わせている。自転車置き場が駅舎半分を覆い隠すような位置にあるのが少し惜しい気はするが…。
そして何よりもこの駅舎を印象付けているのが、車寄せに掲げられた赤い稲妻のような模様だ。これは筑摩鉄道の社紋という。その両脇の稲光は、「電気」鉄道を象徴するマークなのだろうか。この社紋と稲光が掲げられた部分は板がたわんできているようで、僅かに曲がっている。やはり相当に古く傷みが出てきているのだろう。
駅舎内に一歩足を踏み入れると、古びた造りを残したまま、なおも使用されている待合室に漂う雰囲気に圧倒されたような感覚を覚えた。それ程までにレトロで趣きのある空間だ。地元の人々にとってはいつものありふれた空間なのだろうが…。古いが有人駅のせいで寂れた感じはしなく、大切に使われつづけているなと感じる。
造り付けの木製ベンチには、古くて木の紋様が浮き出ている。ニスしっかりが塗られ、古さの中にもつやつやとしている。使い込まれくすんだ感じの壁や木製の窓枠も素晴らしい。冬本番を控え外は寒く、列車を待つ人は一旦ここで腰掛け寒さをしのぎ、列車到着前にホームに向かっていた。
出札口、手小荷物窓口跡もほぼ原型を留めていて、右側の出札口は未だに現役で、自動券売機さえも置かれていない。何十年も前の駅さながらだ。出札口の周りの装飾が凝った洋風の造りなのも素晴らしい。
きっぷを買おうと窓口に行くと、硬券など切符を収納していた棚が木製なのが目に入った。かなり古いに違いない。もう50年以上は使われているのだろうか…。各駅への硬券切符や定期券がたくさん収納され改めて現役である事を実感する。どこまでも渋い新村駅にただ感嘆。
新村駅は町中にある有人駅で、利用者も多いようだが、周囲には雄大な山々が遠望でき、信州の駅なのだなと実感する。
午前は他のローカル線と同様、年配の人が目立つ。私と同じ次の列車に乗るおばあさん達は、きっともう何十年も新村駅を利用しているのだと思う。何十年とあたりまえのように利用している駅舎が無くなるという事は、見慣れた駅の風景ががらりと変るという事なのだろう。新村駅が新しくなるけどどう思いますかと聞いてみたいとふと思った。
[2011年(平成23年) 12月訪問](長野県松本市)
追記1: 新村駅舎取り壊しへ…
新村駅新駅舎が完成、2012年3月24日より供用開始となった。
一方、地元住民を中心に、新村駅旧駅舎保存運動が起こり「新村駅舎を残す会」が結成された。そのため、この旧駅舎は使われていないが、残置されていた。
しかし2017年3月10日、アルピコ交通から、新村駅旧駅舎解体が発表された。老朽化が激しく大雪や地震の際、倒壊する恐れがあるなど、防災上の問題が懸念されているためという。旧駅舎は3月下旬に取り壊された。
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- 私鉄の失われしレトロ駅舎
追記2: 新村駅、新駅舎訪問
2023年2月、新村駅を訪れた。旧駅舎時代以来で約11年振りの訪問。
新駅舎は旧駅舎の面影感じさせる白色のレトロ駅舎風。壁は新建材だが木目まで入った木材風で、木造駅舎かと一瞬思わせるもの。左手の旧駅舎跡地はバスの発着場と、短時間専用の駐車場となっていた。
新駅舎横には、旧駅舎で特徴的だった車寄せの筑摩鉄道の社章と稲光風装飾、そして屋根の社章の鬼瓦がボードに展示されていた。社章と稲光はアルミか何かで造られたレプリカ。鬼瓦は本物だ。
待合室の造り付けの木製長椅子は、まるで旧駅舎のあの木製ベンチに再び出会ったような懐かしい気持ちになった。旧駅舎へのオマージュ…、例え違う駅舎になっても。これから何十年と使われ、旧駅舎の木製ベンチのような味わいをまとっていくのかもしれない。