要衝駅の美しき枯池
数年前の夜、関西本線と草津線が交わる柘植駅で降りた時、駅舎の前に枯池があるのは知っていた。しかし完全に暗くなっていて、デジタルカメラの感度を上げでも不鮮明な写りだったので、いつか柘植駅を再訪し、この枯池をじっくり眺めてみたいと思っていた。
そして2010年の4月、遂に再訪する事ができた。
池そのものは枯れているとは言え、植栽は見事に整えられ、花も咲き庭園の風情はそのままだ。そういう様を見ると、池が枯上がってしまっているのがただ惜しく、この木造駅舎に寄り添う池に水があれば、どんな癒しの風景になっていだのだろうかと想像してしまう。
池に近付いて見てみた。横長の池で全容を写し取るには、24mm相当の広角の画角でやっとだった。水は無いとは言え、池底には砂利が敷き詰められ雑草で荒れている事も無い。一応は整えられていると言えるだろう。
池の隅には岩が積まれた一角があった。こんな感じの部分は注水設備であるパターンも多い。水が在りし日は、上の注水口から水を出し、水は滝のように岩を伝い池に注がれたのだろう。そう思ってよく見てみると…、やっぱりあった!岩と岩の間から注水口が控えめに姿を覗かせていた。
池の隅には「安全の泉」と書かれた石碑があった。上の方には緑十字が標され、横に小さく天王寺鉄道管理局長筆と書き添えられていた。まさにこの池の名前で、駅と列車の安全を願ってこの名を付けたのだろう。
前回もこの石碑の存在には気づいていたのだが、今回裏面を見てみた。すると「安全の泉」製作者の名前が彫り込まれ、「柘植駅 職員四十九名奉仕 昭和三十九年 1月建碑」と続いていた。最初に出てきた名前の方はたぶん庭師なのだろう。そして、この緑豊かで駅に和みを添える一角は、当時の駅員の方々が仕事の間に汗水流して提供してくれたものだと思いを馳せると、何と感慨深い事か…
柘植駅と言えば、関西本線・加太‐柘植間の難所「加太越」を越える補機の蒸気機関車が連解結された運行上重要な駅だ。その名残はひっそりとしたローカル線の駅にしては広く、鉄道の要衝らしい雰囲気を残す構内に色濃く留める。列車の発着時以外は静かで、数人の駅員しか居ない今とは隔世の感がありすぎる。
今では池は枯れてしまったが、この庭を造った庭師さんや駅員さんの気持ちは今でも残されている… ふとそんな気がした。
[2010年(平成22年) 4月訪問](三重県伊賀市)
柘植駅訪問ノート
1890年(明治23年)2月19日で、草津線の起原となる関西鉄道が三雲駅から柘植駅まで延伸開業した時に開業した駅で、三重県最初の駅だ。今の木造駅舎が何年築かはわからないが、開業時の説もある。
山間の小さな町の中に立地する駅。古い木造駅舎は昔ながらの外観を保ちつつ改修されている。車寄せ部分は使い込まれた木のままで、風化し木目が露で年月を感じさせる。緑豊かな庭園が良く似合う駅舎だ。
~◆レトロ駅舎カテゴリー: ~JR・旧国鉄の一つ星駅舎