緑に囲まれた木造駅舎
木造駅舎が残る方谷駅を訪れた後、石蟹駅で下車した。「いしがに」ではなく「いしが」と読む難読駅だ。
ひとまず輪行袋に入れた重い自転車を待合室の片隅に置かせてもらい、カメラを片手に外に出た。

石蟹駅にも古い木造駅舎が現役で残っている。方谷駅と同じく、開業の1928年(昭和3年)10月25日以来のもの。しかしこちらは表面の板張りが、違う建材で改修されている。
旧駅事務室にはタクシー会社が入居し、駅舎前にはタクシーが2台待機していた。駅舎を遮るもの無く撮影したいけど無理そう…

石蟹駅は植木鉢の草木や花など、植物でいっぱいだ。駅舎の出入口周辺も緑豊かなのが目を引く。
切符の販売を会社や団体、個人に委託する簡易委託駅では、このように受託者の好みが駅に色濃く出る場合もあるのが面白い。花や盆栽だったり、置物だったり、絵画だったり…。鉄道会社の直営駅や、関連会社に委託する業務委託駅では見られない光景だ。無機質で殺風景になりがちな駅に潤いをという気持ちの表れなのかもしれない。
簡易委託駅では、きっとそのへんの規則があまりうるさくなく、受託者が多少の飾り付けをしても黙認されているのかもしれない…

駅舎前の植込みも木々で賑やかだ。タオルがバケツ、たわしなどが置かれているのが、やや味気ない気もするが、実用重視なのだろう。

駅舎左側の付け足されたような部分は木の質感豊かで、木造駅舎らしい風情漂う。感じからして増築部分だろうか…?それか降車用改札口か荷物取扱い所など、かつては壁で覆われていなかった部分を完全に覆って、部屋にしたのだろうか…?

窓口や待合室は大きく改修されているのだろうが、それでも出札口や手小荷物窓口は残っていた。
待合室に輪行袋に入った自転車を置いていて、私が離れいる間、忘れ物か不審物と思われないように、窓口にいた人に
「あれ、私のですから忘れ物じゃないです。責任はもちろん問わないので、ご迷惑でなければちょっとの間、置かせて下さい。」
と言うと
「は?」
という反応だった。
変な事言ってくるヤツとも思われたのだろうから無理もないが、駅の中の事にあまり関心が無い様子だった。
石蟹駅の簡易委託は約4年前の2022年10月で終わっていたのだった。窓口の向こうに座っている姿は駅員のようだが、あくまでのタクシー会社の業務のため。よく見たら窓口の「きっぷうりば」とでも書かれていた部分は、「タクシー案内所」に書き換えられていた。簡易委託解除後も引き続き入居しているが、もはや駅事務室ではなく、タクシー営業所なのだ。
ホーム側のレトロで味わいある佇まい

駅舎ホーム側にまわってみた。立派な軒があり、木の柱が整然と並び支える。無人駅となっても古い木造駅舎らしい風格に満ちていた。

外壁が改修された正面側と違い、ホーム側は軒や壁に木の造りを残し昔ながらの趣きだ。

3番線の柱には「新見米子方面」と列車の方面を案内する古いホーロー看板がいまだに残っていた。紺色に白文字のシンプルさが渋い。ホーロー看板の最盛期を考えると、もしかしたら50年以上は前に作られたものかもしれない。

手小荷物窓口は、岡山地区レトロ駅舎名物?の鉄板に改修されたカウンターだ。その上にも、草木が植えられた植木鉢など植物が賑やかに並んでいた。しかも、あばら家風の木の屋根まで飾りで置かれている。ちょうど手小荷物窓口に合った長さで、ここに置くため手間暇かけて製作したのだろう。
ちょうど昼時だったので、隣のセブンイレブンで昼食を購入すると、手小荷物窓口の前のベンチに荷物ごと陣取った。この駅らしい光景を眺めながらいただくのも、また味わい深く思い出にになるもの。

列車を待つ間、ホームをうろついていると、閉塞器室と呼ばれる駅舎ホーム側の出っ張りに部分に、建物資産標(建物財産標)があるのに気付いた。
興味を引いたのが
「鉄 詰 信通区 職場2号」
と標されていた事だ。
建物財産標には用途が併記されているが、駅の中心施設となる駅舎は、通常「本屋」と標されているので奇異に思った。しかし石蟹駅の駅舎のものは違う。「詰」は詰所か?「職場」は旅客には関係ない業務用の施設に標されるものだ。
「昭和59年10月」という年月だが、石蟹駅は昭和59年(1984年)3月31日で直営駅から無人駅となっている。なので無人化後に、詰所か何か業務用に使われる事になったのを反映した建物財産標なのだろう。
そしてその後、業務用としての任も解かれ、タクシー会社が入って来たのだろう。このタクシー会社、駅前に本社があるが、駅からの乗車が多いとなると、駅に営業所を構えた方が効率が良かったのだろう。

新見行きの列車に乗り込み石蟹駅を離れた。
もの凄くレトロで趣溢れるという訳ではなかったが、印象に残る駅舎だった。
毎年、多くの古駅舎が取り壊されているが、石蟹駅の駅舎が生き残っているのは、タクシー会社が入居しているからかもしれない。取り壊すとなると代わりの場所をという話になる。手間も費用も掛かるし、駅と言う好立地も捨てがたい。なのでこの駅舎は意外としぶとく生き残るかもしれない。
[2026年(令和8年)7月訪問](岡山県新見市)
- レトロ駅舎カテゴリー:
JR・旧国鉄の一つ星レトロ駅舎



