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下灘駅~瀬戸内海のローカル駅に残る栄枯盛衰~


青春18きっぷのポスターで採用された海の風景、下灘駅

 青春18きっぷの販売時期になると、JRの駅に宣伝ポスターが掲示されたり、パンフレット置かれたりする。鉄道で旅する若者や、日本の美しい自然風景の中を列車が走るシーンが多いが、これがひとり旅や列車にのんびり揺られ旅をしたいと思わせ写真ばかりだ。そんな風景の中に添えられるキャッチコピーもムードを一層高める。もし青春18きっぷの歴代ポスターを集めた写真集なんかが出たら、是非とも購入したいものだ。

 ポスターには様々なローカル線の駅が登場した。その中で3回という最多登場回数を誇っているのが、愛媛県にある、JR四国・予讃線の下灘駅だ。下灘駅は瀬戸内海に面し、駅の向こう広がる空や海の風景が非常に印象深い駅として有名だ。ポスターを眺めていると、やはりどうしても下灘駅に行ってみたくなる。

下灘駅へ…。「日本一海に近い」と称される駅の栄光盛衰を思う。

 伊予大洲発の普通列車に乗り、今やローカル線となった予讃線の海側回り、下灘経由の列車にのんびり揺られる。瀬戸内海に出て、道路より高い所を少し走ると下灘駅に到着した。

青春18きっぷのポスターにも登場した風景、瀬戸内海と下灘駅。
(下灘駅海の眺め。青春18きっぷのポスターに何度も登場。)

 瀬戸内海を一望するプラットホームに、降り立ったのは私1人だ。誰も居ないホームで、この広大な海の景色を独り占できるとは、この上も無い贅沢な時を過ごしているものだ。だけど、厚い雲が光を隠し、海の色は沈みがちだ。もっと天気がいいと、くっきりと瀬戸内海の島々や対岸の本州も眺められた事だろう。ホームは西北を向いていて、晴れた日の夕焼けはまさに絶景なのだろう。今日は残念ながら無理そうだが、いつの日にか必ず、この駅から日が沈む風景を眺めてみたいものだ。

 下灘駅の青春18きっぷのポスターでは、プラットホームから海に飛び込めそうなカットの写真もある。しかし実際には、駅と海との間には、低い所を国道がワンクッション挟まり、トラックや車が時々視界の隅をかすめる。

 下灘駅はよく「日本一海に近い駅」と称される。正直、もっと海に近い駅はある。それでも駅に居ながらにして広大な海と、海と繋がる空を存分に体感できる、まさに絶景の駅だ。プラットホームの上に立ち、海を眺めていると、自分が青春18きっぷのポスターの主役になっているかのような気分だ。

予讃線・下灘駅駅舎と駅前
(下灘駅駅舎(右)と駅前。)

 駅舎は小振りだが、しっかりとした建物だ。駅開業の1935年(昭和10年)以来という古い木造駅舎が健在だが、改装の手が多く入り、あまり古さは感じない。無人化され、窓口は閉じられている。待合室の椅子には座布団が敷かれて、無人駅に不思議と人の温もりを感じさせ、旅人の気持ちを和ませる。そう言えば、駅舎内から見える青い海というシーンも、青春18きっぷのポスターで採用されていた。何かと「絵になる駅」なのだと思う。

 駅舎を抜けると、レールと平行するように駅前を通る坂があり、その道沿い集落がある。急斜面を背後に、下灘駅や家屋など、いくつかの建物が身を寄せ合うように並んでいる。

 駅の正面には商店らしき店がある。しかし、もう営業してなさそうで、シャッターの前に飲み物の自動販売機が立ち塞がる。だが、少し離れた所の床屋はしっかり営業中だ。店舗向いの駅の敷地と道路を仕切るフェンスを拝借し、十何枚ものタオルをズラリと掛け並べ、乾かしている。こんな所で商売になるのだろうかと思うが、何十年と通う地元の常連さんに、散髪ならここと信頼されているのだろう。

下灘駅、駅舎横のミニ庭園跡
(駅舎横に残るミニ庭園跡。)

 駅舎のまわりを探索していると、雑草の中で、石の灯篭が埋もれ、その横で背の低い松が身をくねらせ伸び出ているのが見えた。雑草の辺りが窪んでいて、その周りに石が置かれている所を見ると、小さな池を配した、ささやかな庭園のようなスペースだったのだろう。雑草などの植物に深く埋もれ、見落としそうだった。きっとかつては駅員さんが丹念に手入れし、乗降客に和みのひと時を与えたのだろう。だけど、ここに鯉や金魚など、魚がいたとしたら、その魚達はどこに行ってしまったのだろうか…。

下灘駅構内と木造の小屋
(使わなくなった番線は埋められている。)

 プラットホームは元々、駅舎に面したの1面1線と、海寄りの島式の1面2線と計2面3線で、他に貨物など業務用に使われた側線もあったようだ。だが、今、レールが通っているのは一番海側のホーム1線のみだ。そして、使われなくなった番線は埋められてしまった。今のプラットホームは駅舎側とは陸続きになり、側線やホームなど、レールが剥がされたスペースには雑草が生い茂る。かつて列車や仕事中の駅員さんで賑わっただろう地面は、まるで空地のように寂しいまでにがらんとしている。その様はこの駅の栄枯盛衰を今に伝えているかのように私の目に映った…。

 空地のような空間の隅に、詰所と思われる古い木造の小屋があり、好奇心がくすぐられた。中に人が住み着いている、あるいはサスペンスドラマばりに死体が転がっているという展開が頭を横切り、恐る恐る…、小屋に近付き、隙間から中を覗いてみた。

 がらんとした室内は埃っぽく物が散乱し、もうまともに使われていない事を物語っていた。その中に、昔、下灘駅に掲示されていただろう黒板タイプの時刻掲示板など、鉄道関連備品がいくつか放置されたままだった。その時刻掲示板は八幡浜の浜が「濱」と旧字体で書かれていた。こんな古そうなものが残っているなんて、たぶん打ち棄てられ、長い年月が過ぎているのだろう…。

 あれこれ見ているうちに、伊予市行き列車の時間が近付いてきた。いつの間にか、駅にはぱらぱらと人が集まってきていた。やはり風光明媚さで鉄道ファン以外にも有名な駅だけに、車で訪問する人もいるようだ。

 そして定刻、瀬戸内海を背景に、単行の気動車が下灘駅に入線してきた。やはり空色は冴えないのが残念…。だけど、また来る機会があるだろうと思い列車に乗り込んだ。

下灘駅、小屋の中に置かれ古い時刻表。
(木造詰所の中にあった駅の時刻掲示板)
瀬戸内海を背景に下灘駅に入線してきた気動車。
(単行のローカル列車が下灘駅に入線。)


[2002年7月訪問](愛媛県伊予市)

絶景が望める素晴らしき日本の駅

青海川駅(JR東日本・信越本線)
この駅も「日本一海に近い駅」と称される。下灘駅同様、日本一ではないが絶景…。
矢岳駅(JR九州・肥薩線)
駅前の小さくのどかな田舎風景はこれぞ日本の原風景と思わせる。
紀伊細川駅(南海・高野線)
山間区間の斜面にある駅からは山に囲まれた集落を見下ろす。