備前一宮駅(JR西日本・吉備線、木造駅舎)

~旧駅舎~


備前一宮駅訪問記と写真

木造駅舎時代の備前一宮駅

 備前一宮駅は吉備線の前身・中国鉄道の吉備線として1904(明治37)年に開業した。木造駅舎は開業以来のもので、岡山県内でも最古級との事。特に、中国鉄道の社紋が入った屋根瓦が残っている事が知られている。

 だが、2008年の9月下旬で駅舎が使用停止、そして取り壊しになるという事を、ウェブ上のニュースで知った。備前一宮駅に関しては以前から知っていて、いつかは見てみたいと思っていた。しかし、取り壊しが迫っている事を知り、急遽、岡山県を訪問する事を決めた。

新駅舎工事中の備前一宮駅、

 駅舎の横では、駅舎取り壊しと待合室新築工事の準備が進んでいた。

備前一宮駅、中国鉄道社紋入りの屋根瓦

  屋根のてっぺんには確かに中国鉄道の社紋が入った屋根瓦が掲げられていた。中国鉄道、国鉄、JRと変遷を経て、1世紀のも間、歴史を伝えるようにひっそりと掲げられてきたが、下ろされる日も近い。他の部分にも社紋入りの屋根瓦があるが、責めて1つだけでも新駅舎に埋め込むなど、何らかの形で新駅舎に残せないものだろうか。1世紀もの間、駅と吉備線の歴史を伝えてきた証人だけに、形は違うが、これからもこの駅で歴史を伝え続けるのが最も相応しいように思うのだが・・・。

備前一宮駅、駅前の駐車場。

 駅舎の正面には駐輪場や駐車場が覆い被さり、道から少し入った所にあると言った雰囲気。ここは以前、駅前広場のようなものだったのだろうか?

備前一宮駅、緑化された廃ホーム跡。

 かつては交換可能な2面2線だったが、現在は1面1線となっている。廃止されたホームは木々や花が植えられるなど緑化されている。

備前一宮駅、古代の石棺の蓋が置かれている。

 プラットホームには駅南側の吉備の中山にあったとされる石棺の蓋が置かれている。説明看板によれば、製作時期は仏教伝来以前と、1300年位前と2つの説があるとの事。

備前一宮駅、出札口・改札口跡とICOCA改札機

 1904年の開業以来の駅舎だが、所々で改装されていて、窓口まわりは原形を留めない。ICOCA対応の自動改札機も置かれている。だが窓口前の小さなカウンターは使い込まれた感じの木製で、ここはかつての窓口の部品を流用しているのかもしれない。駅は2004年に無人化され、出札口はカーテンが閉ざされていた。

備前一宮駅、駅舎ホーム側

 駅舎ホーム側。無人駅となり旧駅務室は板で塞がれている。そんな廃れた雰囲気を慰めるためか…、壁には「吉備津彦命の温羅退治」のお話、いわゆる桃太郎伝説を説明した看板が掲げられている。

備前一宮駅。岡山行きの列車を待つ人々。

 訪問したのが土曜日の午前で、通勤通学で混み合う時間が過ぎた頃だ。しかし、岡山行き列車の時刻が迫る度、駅は列車を待つ人々でとても賑わい、小さな待合室はいっぱいで外にまで人が溢れていた。歴史ある駅舎の賑わいを目の当たりにに嬉しいが、刻々と値上がりするガソリン代の影響もあり、外出は列車でという事になっているのだろうか…?

 写真を撮っていると列車を待つご婦人に声を掛けられた。駅舎が取り壊されるのを知っていて、私が役目を終えようとしている現駅舎を撮りに来ている事もわかっているのだろう。「もっと(駅の事を)知っていれば、色々と説明してあげられるのに…」と残念そうにしておられた。でもその様子がどんな説明を聞かせてくれるより、私の心に残り、この備前一宮駅の駅舎の印象をより深いものにしてくれた気分だ。

 駅の取り壊しは、訪問から約1ヶ月半過ぎた10月29日に始まったという。中国鉄道の社紋入りの瓦は保存される事になり、地元住民が見守る中、ていねいに取り外されたと言う。


[2008年9月訪問](岡山県岡山市)