駅の枯池(+池庭)

駅舎に寄り添うように…
駅の片隅にひっそりと…
日本全国の駅を巡る旅で見つけた、駅の中の池のあるミニ庭園、またはその遺構、つれづれ。


蔵宿駅 (松浦鉄道・西九州線)

2010年6月、列車交換の合間に...

 JR筑肥線の肥前長野駅などを訪れ、伊万里駅で第3セクター鉄道・松浦鉄道の有田行きの列車に乗り換えた。

 列車は蔵宿駅で列車行き違いのため、数分停車するとアナウンスがあった。ちょうど駅舎側のホームでラッキーと思い、カメラを手にホームに出ると、左手にあった緑豊かな一角があった・・・。

松浦鉄道・蔵宿駅の枯池 (2010年)

 気になって見に行くと、何と枯池だった!

 蔵宿駅は2006年にも訪れていたが、全く気がつかなかった。なので予期せぬ発見を嬉しく思った。もっとじっくり見たい所だが、僅か数分では反対列車が来る気配を気にしながら、数回シャッターを切るのが精一杯だった...。


(佐賀県西松浦郡有田町)

2015年、じっくり再訪

 そして5年後、再び蔵宿駅に下り立った。今度は列車交換の短い時間ではなく、はじめから下車する予定だった。約10年振りに見る木造駅舎はもちろん、あの池庭跡も大きな目的のひとつだった。

松浦鉄道・蔵宿駅、駅舎横の池庭跡 (2015年)

 駅舎の横に相変わらず枯池はあった。ただ同じ6月とは言え、梅雨で雨をたっぷり吸い取った木々や草は、前回よりより盛んに生い茂り枯池を隠そうとしている。

蔵宿駅、池庭跡とプラットホーム・駅舎

 古い木造駅舎に緑豊かな庭園がある駅構内は、まさに何十年も前の駅風景さながらなのだろう。

 プラットホームを歩き庭園を眺めていると、何かが雑草や木々の中に埋もれているのに気付いた。

蔵宿駅、池庭の中にあった碑

 その物体はよく見ると、文字が標された小さな石碑だった。石碑には何かが書かれた陶器のプレートが埋め込まれていた。その文字をよく見てみると...。

東京オリンピック、東海道新幹線記念と標された蔵宿駅池庭の石碑、

「東京オリンピック
 東海道新幹線開通
 記念
  1964年7月完成
 蔵宿駅」
と標されていた。

「おお!これは...」
と思わず感嘆の声をあげた。
...と言うのも、蔵宿駅から3駅南のJR佐世保線も乗り入れる有田駅の1番線にも池庭跡があり、同じ趣旨の石碑があるからだ。そして有田駅のものには、当時の全駅員をはじめとした人々が、東京五輪と東海道新幹線開通という、1964年の歴史的事業に沸き立ち、汗水流しこの池庭を造ったかが記されている。その文を読むと、駅に池庭が造られたのはこんな理由もあるのだと、深い感慨を覚えたものだ。

 蔵宿駅の方にはただ単にタイトル的なものが記されただけだ。しかし「東京オリンピック」「東海道新幹線開通」の二つの言葉は、蔵宿駅でも当時いかに沸き立っていたかを感じさせるに十分だ。そして同じ方法でその思いを表現した事は、よりこの池庭を印象深いものにしていた。

蔵宿駅、池庭跡の碑の裏側

 そして裏面にも何か書かれているかもと思い、雨露を厭わず雑草の中に割り入り、石碑の裏側にまわった。すると、造園に関わったと思しき人々の名前が記されていた。まず「蔵宿職員」として6名の名前が記されていた。有田駅のものには、はるかに多い全職員47人もの名前がずらりと記されいて、駅の規模の違いを改めて印象付ける。

 次に「部外協力者」として5名の名前が記されていた。有田駅のものにも、この項目はあったが、会社名が2つ、個人名が2つと計4つの名が記されていた。

有田駅池庭跡の石碑

こちらは有田駅池庭に添えられた石碑だ。写真右から、池庭の由来、駅員名、外部協力者を標した碑文となっている。


[2015年6月訪問]

蔵宿駅訪問ノート

蔵宿駅の木造駅舎

 蔵宿駅は1898年(明治31年)、伊万里鉄道が有田‐伊万里間を開業した当初から設置されている駅で、この区間は松浦鉄道の中で、最も早く開業した歴史ある区間だ。

 駅舎は年月感じる非常に味わい深い木造駅舎で、開業当初の明治~大正期に建てられたと思われる。面積に比し、やや背が高めかなと感じる。待合室と窓口跡はとてもよく昔のままの状態を留めている。

 2014年に新たにカフェが入居したが、残念ながら2015年の6月いっぱいで閉店してしまったようだ。