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赤坂本町駅跡(西濃鉄道・市橋線)


中仙道の宿場町にひっそりと残る駅の痕跡…赤坂本町駅

旧中仙道を横切る西濃鉄道の踏切

 美濃赤坂駅からまっすぐ伸びる細い道を数分歩くと、商店などが並ぶ通りに出た。車の通行や人通りも程ほどにあり町の中心と言った感じで、裏道にあるような美濃赤坂駅駅前とは雰囲気が違う。

 この道はかつての中仙道で、この地に宿場町「赤坂宿」も置かれた。赤坂宿は江戸幕府の14代将軍家茂に降嫁した皇女和宮が宿泊した事で特に知られている。その事が決まった際、幕府が街道沿いの建物を徹底的に修復させたいわゆる「お嫁入り普請」は、幕府がいかに和宮…、しいてはこの婚儀を重視していたかの表れだろう。本陣跡や宿場町の面影を感じさせる古い建物など往時を偲ばせるものを眺めながら東に歩みを進める。その内、中仙道を横切る西濃鉄道市橋線の踏切に差し掛かった。

 踏切の側に「赤坂本町駅跡」と書かれた石碑が置かれていた。ここに駅があったのかと思い線路を見てみると、美濃赤坂方に、一目でプラットホーム跡と解る石垣の構造物があった。

 ホーム跡は一両分の短い長さしかなく、幅もかなり細く、路面電車の電停程度の幅しかない。踏切側の反対から見ると、階段と解る段差も残されている。ホームの真横すれすれの位置に、民家が建っているが、駅のスペースが、このか細く短いスペースのみとはさすがに考えづらいので、これは廃駅後に建ったものだろう。

 西濃鉄道は現在こそ、貨物のみとなっているいが、1930年(昭和5年)2月1日~1945年(昭和20年)4月1日の間、旅客列車も運行されていて、この場所に赤坂本町駅が置かれていたの。ガソリン気動車が大垣駅と赤坂本町駅、もしくは路線終端の市橋駅の間を結んでいた。後に市橋駅までの利用者が少ないことから、赤坂本町駅折り返しの運転になった。しかし、戦時中の燃料統制により運行ができなくなり、旅客営業が廃止となり、同時に駅も廃止になった。

 美濃赤坂駅から徒歩十数分程度と大きくは離れていないので、復活させる必要も無かったのだろう。だけど、町の中心にある赤坂本町駅もあった方が、利便性が高まるだろうし、レールがもう敷かれ、プラットホームも一応は残っているので、簡単に再旅客かできそうに思えてしまう。「中仙道赤坂宿」なんて駅名を付けたら、観光的にアピールできるだろう。

 しかし、現在ではプラットホームの背後に民家が建ち、駅としての敷地の確保など面倒な事も多い。加えて制度上、設備上など、難しい事も色々とあるのだろうし、何よりも、美濃赤坂支線の運転本数が昼間は2時間以上も空く事から、採算が取れる程、旺盛な需要が期待できる訳ではないのだろう。


[2007年1月訪問](岐阜県大垣市)

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