旧大社駅 (JR西日本・大社線)~至高の和風木造駅舎を訪ねる旅~



大社線廃線後、重要文化財となった和風木造駅舎

 大社線の廃止から20年以上過ぎたが、終着駅だった旧大社駅の駅舎は健在だ。この壮麗な社寺風の和風木造駅舎は、2代目駅舎として1924年(大正13年)建築された。寺社か老舗旅館かという純和風の外観の大柄な駅舎は、和風駅舎の最高傑作という賞賛を贈っても、まだ言い足りないと感じるほど素晴らしい。もし大社線が健在ならば、日本を代表する鉄道駅舎として、東京駅丸の内駅舎と双璧を成す存在だったに違いない。もちろん今でも十分な価値はあるが…。出雲大社の門前駅として賑わい、かつては東京、大阪、名古屋からも直通列車が乗り入れ、お召し列車さえ入線したという輝かし歴史を誇る。この駅舎にはそんな威厳がいまだに漂っているかのようだ。

大社駅、寺社か旅館かという純和風の駅舎は重要文化財に

 設計は和風木造駅舎として知られる中央本線の高尾駅北口駅舎も設計した鉄道省の曽田甚蔵で、明治~昭和初期の建築家・伊藤忠太がお墨付きを与えたと言われてきた。

 しかし、廃線後に屋根裏を調査すると、上棟式の棟板が発見され、真の設計者が判明した。上棟式とは、新築の際、執り行われる祭祀なのだが、その時に、年月日や施工者などが記された棟板が建物の高所に貼り付けられるという。そこには設計者として神戸鉄道管理局の技手、丹羽三雄が標されていた。

 設置された駅舎見取り図を見ると、中央の多くを3等待合室が占め、その中に出札口があった。建物右端は、1等・2等待合室と手小荷物窓口がある。左端に事務室と貴賓室があり、後年には出札口と手小荷物窓口が移された。

 しかし大社線はモータリゼーションの影響もあり、徐々に利用客が減っていき、赤字ローカル線として廃止対象になるまでに凋落してしまった。そしてJR化後わずか3年の1990年4月1日で廃止された。しかし廃止後も駅舎は保存される事になり、2004年には国の重要文化財、2009年には近代化産業遺産に指定された。

大社線・大社駅、国鉄の動輪マーク付きの鬼瓦
大社駅、駅舎の屋根瓦には動物の瓦が置かれる

 車寄せ上部の鬼瓦は国鉄の紋章だった動輪マーク入りだ。和風建築とは言え、鉄道駅らしさを見せる。

 そして屋根のあちこちに亀や鳥の形をした瓦が置かれている。まるで亀たちが屋根を遊び場にしているようで、威厳ある駅舎にどこか親しみを感じさせる。

大正築の旧大社駅舎、ベンチと窓枠は木、和風のランプ

 駅舎正面の軒下。木の窓枠、板張りや天井など古い木造駅舎らしい趣きに溢れている。いくつも並ぶ使い古しされ味わいが増した木製ベンチは、この大社駅など実際に各駅で使われていたものなのだろう。駅舎は築後90年近くになるが、古さはあってもボロさは感じない。大切に手入れされているなと感じる。

趣向を凝らした芸術品のような和風駅舎

 駅舎中央、かつての三等待合室にあたる所に足を踏み入れた。

大社駅、芸術品のような出札口(切符売場)と重厚とレトロさある駅舎内部

 使い込まれた木々が奏でる広々とした空間の中、まるで厨子を思わすような凝った装飾の出札口が真ん中に堂々と鎮座している光景に、一瞬、言葉を失うような衝撃を受けた。レトロで趣き深いという印象を越え、もう神々しいとさえ思う。

 天井吊り下げられた6角柱状の照明の一群は、和風シャンデリアの趣きだ。同じ6角柱の照明は駅舎のあちらこちらにある。この照明が灯る夜は、一層、神秘的なムードが漂うのかもしれない…。

 よくこれだけ昔のままの造りと雰囲気を留めているものだと思う。外観は素晴らしいのはもちろんだが、この内面こそ大社駅駅舎の真髄だと思う。

大社線、重文となった和風駅舎がある大社駅。厨子のような切符売場

 かつての出札口、いわゆる切符売場だ。6角形の照明、窓口上部の小さな庇など凝った装飾が印象的で、まさに二つとない骨董品の域。5つの窓口があり、かつての繁栄を偲ばせる。写真には写っていないが、いちばん左側の窓口の上部には観光案内所と書かれた行燈式看板が取り付けられている。後年、出札口が駅舎左端に移された時に設置されたのだろうが、よく壊さないで有効利用してくれたものと感じる。

大社線・大社駅、木造切符売場の内側

 出札口内部も往時のまま残され懐かしい雰囲気だ。古い回転式の切符収納棚が目に付く。狭い手元の空間に多くの切符を収納できた事だろう。

大社線・大社駅の和風木造駅舎、広々としたコンコース

 やや左側から待合室や出札口を見てみた。本当に広々とした空間で、赤字ローカル線として廃止された路線の駅舎とは思えない程だ。でも最盛期は出雲大社に参拝する人々でごった返していたのだろう。待合室の片隅で目を閉ると、そんな遠い昔の賑わいが、一瞬頭の中に甦ってくる…、そんな感覚を覚えた。

大社線・大社駅の木造駅舎、手小荷物窓口

 片隅には手小荷物窓口が残っていた。カウンターも窓の引戸も木の質感あるそのままの造りを留めている。手小荷物窓口は出札口や駅事務室と一体化している事が殆どだが、外の説明看板の見取り図を見ると、手小荷物窓口取り扱い室として独立した一室だったようだ。まさにターミナル駅の風格感じさせる造りだ。

旧大社駅の一等二等待合室跡、今は展示室に

 駅舎右端、手小荷物窓口の手前にかつての一等・二等待合室があり、現在では鉄道用品や記念切符などの展示スペースとして使われている。

 1・2等と上位等級の待合室だが、高級感は無く簡素だ。そして、広さは先程の三等待合室の4分の1程度しかなく、狭苦しささえ感じる。でも昔は1等2等車はそれだけ一握りの人のためのものだったと感じさせられる。ここが1等・2等待合室として使われたのは昭和初期あたりまでと半世紀以上も前なので、さすがに改修されたのだろう。しかし、どんな内装だったのだろうか…。

旧大社駅、参詣で賑い留める屋外の改札口

 駅舎左側に改札口がズラリと並ぶ様が壮観だ。かつては大勢の出雲大社への参拝客が、ここから一気に吐き出され、駅前は人々で一杯になり、そして列となって参道へ続いてた事だろう…。

 駅舎のこちら側の壁にも、手小荷用の窓口があった。手小荷物専用室に面していて、先程の窓口とはちょうど反対側になる。恐らく内側の窓口は受付専用、外側のものは受け取り専用だったのではないだろうか…?

大社線・旧大社駅、駅舎ホーム側

 駅舎ホーム側も木造駅舎らしい、使い古された木の温かみのある雰囲気があった。

 そんな眺めの中、内部の出札口の窓口のような形をした精算所が一つだけぽつんとと設定されているのが目を引く。あの厨子のような出札口のちょうど裏側だ。

大社線・旧大社駅、重文の木造駅舎、ホーム側の風景

 ホーム側から眺めても、強く目を引く造形だ。宮殿の一角にありうな建物のように堂々とし、そして美しい。

大社線・大社駅、廃線後もホームが残る

 駅構内もプラットホームやレールも残され、現役時を髣髴とさせる。ホームは団体列車や東京などからの直通列車への対応のためか長い。

旧大社駅、構内通路フタのうさぎの絵

 跨線橋は無かったようで、島式の2・3番線と駅舎が面した1番線を行き来するには、レールを横切る構内通路を通らなければいけなかった。構内通路まで往時の造りをしっかりと残しているが、ホームから通路に下りる階段を塞ぐ鉄板には、何とウサギと稲の絵が鋳られていた。遊び心溢れるちょっとした演出に、子供だけでなく大人も顔を綻ばせ、長旅の疲れをほんのりと癒していたものだろう…。

 
素晴らしすぎていつまでも見ていたく離れがたい。しかし、ここから徒歩約10分の一畑電車の出雲大社前駅に向けて歩き出した。

旧大社駅から出雲大社への参道

 松が立ち並ぶ道は風情あり、参道の面影を偲ばせるが、大社線が廃止された今、出雲大社前駅周辺を除いては、参拝者向けの店舗はほとんど無いように思う。

 大社駅がいくら出雲大社を控えた立派な門前駅でも、10分という歩行時間は一畑の出雲大社前駅の方が本殿にはるかに近く便利と感じさせるには十分な距離だ。もし5分でも近い位置にあったら、大社駅…いや大社線の運命は違うものになっていたかもしれない…。しかし車社会でローカル線が危機に瀕する現代、こんな夢想は無意味だろう。しかしあの素晴らしい駅舎が残ったのが責めてもの希望。廃線という結果は返す返すも残念だが、後世に大きなものを遺したと思い歩き続けた。

[2011年4月訪問] (島根出雲市大社町)

レトロ駅舎カテゴリー:
JR・旧国鉄系の保存・残存・復元駅舎

旧大社駅保存修理工事

 旧大社駅舎は、2021年(令和3年)2月1日より2025年(令和7年)12月20日の予定で保存修理工事に入るため、駅舎の見学や駅構内への自動車等の乗り入れができなくなる。囲いをし解体も伴う大掛かりな工事になる。

 再公開など今後の動向については出雲市観光ガイドの旧大社駅のページなど、公式に近いサイトを見るのがいいだろう。

旧大社駅FAQ+

  • ライバルたった一畑電鉄(現・一畑電車の)出雲大社前駅の駅舎はどんな感じ?

    和風の旧大社駅とは真反対の個性的過ぎる洋風駅舎。1930年(昭和5年)の開業以来のもの。一見の価値ありなので出雲大社参拝、旧大社駅見学の際は是非。※出雲大社前駅舎についてはこちらへ

  • 旧大社駅の駅舎は何年にいつ建てられた?

    1924年(大正13年)。駅の開業は1912年(明治45年)6月1日で、その12年後に建て替えられた2代目駅舎になる。

  • 旧大社駅舎は誰の設計?

    鉄道省の曽田甚蔵とされていたが、近年の調査で神戸鉄道管理局の技手・丹羽三雄と判明。

  • 大社線・大社駅の廃止はいつ?

    1990年(平成2年)4月1日。国鉄の分割民営化が1987年の4月1日なので、JR線としては僅か3年。

  • 旧大社駅舎の他に重要文化財に指定された駅舎は?

    門司港駅舎東京駅丸の内駅舎。2駅舎に続き2004年、3番目に旧大社駅が指定された。現在の所、重要文化財の駅舎はその3つのみ。