【新版】駅と街の丸ポスト~丸型ポストのある風景~

※リニューアル・移行作業中。旧版はこちら

日本全国の駅を巡る旅の道すがら、
駅や駅前の街並みの中で見つけた昔懐かしい丸ポスト(丸型ポスト)のある風景。
“郵便繋がり”で、古くレトロな郵便局局舎も。
そしてその時、訪れた駅も少し紹介…


恵那市明智・日本大正村、ある廃虚前の丸ポスト

 恵那市の明智地区、レトロさ残る街並みを活かした日本大正村を歩いていた。

 川沿いに細い路があった。ある家の庭から、その小路さえも越え川に、覆いかぶさらんばかりに桜の木が伸び出ていた。その迫力ある風景に魅かれ、その桜の下を歩いた。

 橋に通じる道と交差した時、何気に右側を見ると。木の塀の向こうに、丸ポストが垣間見えた。

明智・日本大正村、ある廃虚の前の丸ポスト

 その丸ポストはやや色褪せていた。そして丸ポストの背後の邸宅を見ると、木々や草がぼうぼうだった。崩壊こそはいないものの、もう誰も住んでいない廃虚である事は察しがついた。

明智・日本大正村、某廃墟前の丸ポスト

 廃虚の前に丸ポスト...?? なんでこんな状況の中、丸ポストが置かれているのかと思った。まるで、その邸宅のポストのように佇んでいる姿も不思議に思った。

 側面の集配時間を記されたラベルを見てみると、何も書かれていなかった。だけど使われていないなら、この部分は、もう少し荒れているものだ。まだ現役だけど、時間は消えてしまっただけなのかと思った。

日本大正村、廃虚前の丸ポスト。塞がれた投函口。

 しかし、色々と観察していると、投函口が板で塞がれているのに気付いた。投函口は、一旦、庇を取り外し、投函口に鉄板をくっつけた後に、ネジで庇を止めるという手の込み様だ。邸宅が廃虚となったため使用されなくなったのだろうか...? このポストは、保存品...と言うより、放棄品と言えるだろう。

明智・日本大正村、廃虚前、放棄された丸ポストと野花。

 ひっそりと咲く野花だけが、棄てられた丸ポストを慰めていた...。

この廃虚は...

 帰宅後、何気にこのポストについて情報を漁っていると、この邸宅跡は「遠山氏屋敷跡」と呼ばれ、かつて明知を治めた明知遠山氏に縁があると思われる場所だ。

 遠山氏は明治の頃に東京に移り住み、その後、医者がここに医院を建て昭和20年頃まで開院していたという。

 かつては「遠山屋敷跡」と看板まで立てられいて、大正村の観光スポットの1つとして扱われいたらしい。私が訪れた時は、看板は撤去されていて、そんな雰囲気は微塵も無かった。

 他の方のブログを見ると、丸ポストは遠山氏屋敷跡として案内されていた時から、使えなかったらしい。どうやら、レトロさを演出する保存展示品として置かれていたようだ。

 この屋敷に至る前に見た桜は、遠山桜と呼ばれている。遠山桜と聞いて思い浮かべるのは、時代劇で有名な名奉行「遠山の金さん」だ。金さんのモデルは、遠山景元という実在の人物で、明知遠山氏の分家に連なる家系の出身だ。


[2016年7月訪問](愛知県恵那市明智町)

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