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神志山駅(JR東海・紀勢本線)~古民家風のユニークな木造駅舎~


つぶさに見るほどにユニークな古駅舎

 新しい元号が発表され世間が沸きあがっている頃、私は紀勢本線の神志山駅に降り立っていた。

JR東海・紀勢本線、神志山駅プラットホーム
( 短め?の神志山駅プラットホーム )

 乗ってきた普通列車と上りの特急南紀が発車し景色が開けると、プラットホームが意外と短い事に気づいた。旧国鉄の「本線」と名のつく路線の駅は、とても長いプラットホームを持っている事が多い。半世紀以上前の鉄道全盛期の頃、地方の普通列車とはいえ、10両近くの長大編成になる場合もあり、それに合わせた長さのホームが今でも残っているからだ。現在の単行~数両程度の普通列車が行き交うローカル線には過剰な程。

 それを思えば、神志山駅のホームは半分の5~6両程度。それでも、十分長いが…

紀勢本線・神志山駅、木造の駅舎の軒と柱
( 木造の軒と柱。)

 駅舎は木造モルタル造りだ。無人駅となり、かつての駅事務室側の窓は塞がれている部分も多い。軒は木のままの造りで古さを感じさせる。軒を支える柱は丸太が使われいてる。

神志山駅駅舎、閉塞器室のブロック貼りの腰壁の装飾
( 腰壁はブロック貼りだ。)

 駅舎ホーム側の出っ張り「閉塞器室」の腰壁を見ると、ブロックで装飾され小洒落ている。窓枠まわりの装飾は木製で、レトロな雰囲気を醸し出している。

神志山駅「JR東海をよろしく」と書かれた窓口跡
( 木造のままの手小荷物窓口の台。)

 待合室に入ると、窓口跡の手小荷物台が古い木の造りのままなのに一気に目が引き寄せられた。窓口こそはシャッターで閉じられているが、よくこの造りを残していたもので、思わず感嘆の声が漏れた。手で撫で使い古された木の感触を確かめた。

 手小荷物窓口側のシャッターに
「JR東海をよろしく 神志山駅」
と大きく書かれているのが目を引いた。「よろしく」と書かれているのを察するに、国鉄の分割民営化、JR誕生が1987年(昭和62年)4月1日なので、その頃に書かれたのだろうか…

紀勢本線・神志山駅、木造駅舎らしさ残した待合室
( 昔のままの造りを留める待合室。)

 待合室全体に目を転じると、天井や造り付けの長椅子も古い木のままで、昔ながらの木造駅舎らしい雰囲気を存分に残している。窓口の造りがシャッターでなければもっと良かったかもしれない…。しかし、JR誕生の頃の名残りと思えば、これはこれで悪くは無いものだ。

神志山駅、切符売場カウンターの丸太の持ち送り
( 丸太に支えられた切符売場のカウンター。)

 切符売場のカウンターは改修の手が入っているようだ。しかし、支えとなる持ち送りは、壁から突き出たような丸太だ。丸太一つ一つには年輪が浮き出ている。その下の古びた木の壁もなかなかのものだ。

JR紀勢本線・神志山駅、ユニークな木造モルタル駅舎
( 昭和15年開業以来の木造駅舎が現役。)

 駅舎を正面から眺めてみた。モルタル壁の木造駅舎で、屋根はトタン葺きになっているが、入母屋造りが特徴的だ。入母屋側面の三角部分も、何故か丸太が突き出た造りになっている。ひっそり取りつけられている建物資産標(建物財産標)には、昭和14年12月と標されている。神志山駅開業の前年だ。

神志山駅の木造駅舎、丸太の柱が使われた車寄せ
(丸太が使われた車寄せの柱)

 駅舎正面側の腰壁にもタイルの装飾が施されている。そして車寄せを支える柱にも丸太が使われている。しかも、切り取った枝部分を整えず、根元部分をあえて残した桧出節丸太だ。

紀勢本線・神志山駅の木造駅舎、採光窓の竹の装飾
( 採光窓もユニーク。)

 そして出入り口上部分の採光窓には、竹の格子が取り付けられ、日本家屋の欄間の趣だ。

 入母屋屋根を持ち、丸太など随所に散りばめられたユニークな装飾の駅舎は、どこか山荘風というか、素朴な古民家風の香りを漂わせる。紀勢本線の写真で見たり、時に実際にこの目で見てきたが、なぜかこの駅だけ、個性的でユニークが造りが施されているのが不思議だ。

 ユニークな造りといい、古き良き趣きといい、現代に残った紀勢本線の古駅舎の中では、随一の名駅舎なのではないだろうか…。

神志山駅の木々が密集したロータリー
( 神志山駅のロータリー!? )

 紀勢本線には国道42号線が平行するように伸びている。駅は国道から少しそれた場所に位置している。

 駅にロータリーがあるが、やけに木々が密集している。道路を隔てた東側も木々が密集しているが、更にその先は熊野灘に面し日本の渚百選にも選出された美しい海岸風景で知られる七里御浜だ。きっとこのあたりは元々、こんなふうに木々が密集していたのだろう。しかし、道や鉄道ができ街ができると、どんどん切り開かれていったのだろう。そんな中、駅前のロータリーのような部分は、木を切り倒す必要もなく、そのままになっているのだろう。そして今では昔の風景を今に伝えるかのように残っている。


 この区間の昼の下り列車は2時間以上も間隔が空いてしまう。しかし幸いにも三重交通のバスが紀勢本線に平行するように走っている。少しまわりをぶらぶら歩くと、バスに乗って次の駅を目指した。


[2019年(平成31年) 4月訪問]

駅・基本情報+

鉄道会社・路線名
JR東海・紀勢本線
駅所在地
三重県南牟婁郡御浜町大字下市木4649
駅開業日
1940年(昭和15年) 8月8日
駅舎竣工年
1939年(昭和14年) ※駅開業以来の駅舎
駅営業形態
無人駅
その他
三重交通のバス路線・熊野新宮線が、ほぼ紀勢本線に沿って運行されている。概ね1時間に1本。時刻、運賃など、詳しくは三重交通・路線バスのページで。

三重県の駅を巡る旅

一身田駅(JR東海・紀勢本線)
和風に改装された木造駅舎が残る。(津市)
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