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肥前七浦駅(JR九州・長崎本線、木造駅舎)


長崎本線の超閑散区間の駅へ…

 長崎本線の駅めぐりを思い立ったのだが、肥前浜駅-諫早駅間の列車の少なさに閉口した。朝、夕夜は区間運転も含めれば概ね一時間に1本はあるが、日中は2時間・・・、上りでは4時間近くも普通列車の間隔が開いてしまい、乗り鉄、駅鉄にとってはまさに難所だ。

 それならとバス路線を調べたら、肥前鹿島駅前から肥前浜駅前や肥前七浦駅近くを通る祐徳バスの路線があるのを発見した。しかも日中でも大体1時間に1本の本数が確保され有り難い。

 当日は肥前七浦駅に向かうため、肥前浜の市街地からバスに乗った。乗客は中高年の女性数人で、車が運転できなさそうないわゆる交通弱者と言われる人々なのだろう。

 こまめに停車しては乗客を下ろしていくのだが、乗ってくる人は居なく、途中からは遂に私一人になってしまった。長崎本線より本数は多くバスの方が有利だろうと思っていたが、難しい状況なのはどちらも同じようだ。

有明海に面した祐徳バス音成バス停。肥前七浦駅の最寄。
(有明海の入り江に面した祐徳バス・音成バス停)

 浜市街から十数分、肥前七浦駅最寄の音成バス停に到着した。バス停の真横に防波堤が迫り、眼前には有明海の入り江が広がっていた。駅はどこだろうと見回すと、内陸側に伸びる道の突き当たりに、木造の古めかしい建物が佇んでいるのた見えた。

味わい深い木造駅舎、肥前七浦駅

JR九州・長崎本線、肥前七浦駅の木造駅舎。
(長崎本線、肥前七浦駅。古めかしい木造駅舎が残る。)

 100メートルばかり歩くと、古めかしい建物…肥前七浦駅の木造駅舎があった。窓はサッシに替えられているが、すっかり古び、年季感じる質感となっている押縁下見の板張りが印象的な駅舎だ。1934年(昭和9年)の、駅開業以来の駅舎だ。

 肥前七浦駅は干潟の祭典、・・・というか今や泥んこのオリンピックとして有名になった「鹿島ガタリンピック」が開催される干潟の最寄駅だ。普段は普通列車しか止まらないが、毎年初夏のガタリンピック開催日には一部の特急かもめも停車するなど、駅は賑わうと言う。

肥前七浦駅、駅舎の隣に建つ古めかしい木造トイレ。
(駅舎横の木造トイレ。)

 駅舎の隣りには、同じ位、年季が入っていそうな木造のトイレが寄り添っている。中は当然ボットンだ。

JR九州・長崎本線、肥前七浦駅の駅舎待合室内部。
(駅舎待合室。)

 待合室はそこそこきれいに改修されていた。真ん中には、漁業か何かのロープを巻く大きな木製の芯が、テーブル代わりにデンと置かれいてた。壁にはお祭りや干潟の生き物など、地元の写真が飾られ、造り付けのベンチには座布団が置かれている。写真の中にはガタリンピックで賑わう駅の様子を写したものもあった。無人駅となったが、廃れた雰囲気は無く、明るく手入れの良さを感じ、地元の人々の温かみが伝わってくる。

肥前七浦駅、待合室内のカエルのオブジェ。
(待合室にはカエルのオブジェが…)

 デンと居座ったテーブルの上には、浮きの廃品を利用してカエルの顔のオブジェが作られていた。球形で紐を通す2つの穴が目の位置に調度いい。大きく口を開けて笑うカエル達は「ようこそ!」と来訪者を大歓迎してくれている。

肥前七浦駅、窓口跡は改修され駅務室跡っと待合室は続きになった。
(窓口跡は大きく改修された。)

 駅はとうに無人化されていて、窓口周辺はまるでぶち抜かれたかのように窓や壁が取り払われ、待合室と駅事務室がひと続きの空間となっていたのに驚いた。旧駅事務室は待合所として開放されていて、テーブルやベンチが置かれている。

肥前七浦駅の窓口、左側の手小荷物受付窓口跡。
(窓口左側の手小荷物窓口跡。)

 左側の窓口、手小荷物窓口跡を見てみると、木製のカウンターがそのままで、大きく改装された窓口跡にあって、不思議と昔ながらの木造駅舎らしい雰囲気を存分に残している。使い込まれた木の台はいくつもの木目が複雑に走り素晴らしいディテールを誇っていた。

肥前七浦駅、プラットホーム沿いにある池庭。
(プラットホーム沿いには池庭も。)

 待合室を抜けプラットホーム側に出てみた。左手側を見てみると、金網越しに緑の丸いものがある一角があった。あのカエルがこんな所にもいた。そしてその一角を良く見ると、何と池庭が整えられていた。ホームは駅舎より一段高い所に形づくられているが、ホームからもよく見えるように、ブロックでわざわざ高さを合わせて池が造られていたのだ。そうまでしてこの池を造りたかったのかと感心させられる。

肥前七浦駅駅舎窓口跡裏側、出札口(左側)と手小荷物窓口(右側)
(窓口跡裏側。)

 再び待合室に戻ってきた。窓口跡の裏側を見てみると、これまた昔のままの造りを色濃く残しもっと驚かされた。引き出しや棚のつくりもそのままだ。無人駅になった窓口跡は大抵ふさがれてしまう。一般のファンが駅事務室の中に入り見学できる機会なんてまず無い。昔の様子を色濃くとどめ、そして無人駅とは言え、滅多に見る事ができない駅事務室に入れた事に感激し、引出しを明けたりなど興味深くあれこれ見まくった。

肥前七浦駅、駅事務室跡内部。
(旧駅事務室内部。)

 奥は閉ざされ入れなかった。しかし多分、左側のガラス戸の部分は畳敷きの休憩室で、他に炊事場なんかもあったのだろう。

 木製ベンチに座ってくつろいでいると、初老の男女が車で駅に乗りつけ、掃除などを始めた。夫婦だろうか?女性の方が駅事務室跡にほうきを手にやってきたので挨拶すると
「各駅停車で旅をしているんですが?」
と声を掛けられた。聞くところによると、彼らはJRから委託されボランティアで、こうして時々駅の清掃をしているとの事だ。今、この駅を気持ちよく利用させてもらえるのはこの方々のお陰を思い
「ご苦労様です」
と言うと
「昔、国鉄で食べさせてもらったから」
と笑いながら付け加えていた。元国鉄職員との事だ。
男性の方は、太陽が照りつける暑さの中、駅舎外で作業をしていて
「雑草がすぐ生えてくるけど無人駅だから抜く人がいなくって・・・」
と、お手上げと笑いぼやきつつも働いていた。

 30分弱あれこれと作業をしていただろうか…。女性が駅の脇で咲く紫陽花を一束摘んで来た。すると、仕事の仕上げとばかりに、あのカエルの居るテーブルの上にある花瓶に挿した後、駅から立ち去っていった。

肥前七浦駅、駅舎旧事務室の片隅に置かれた廃品の金庫。
(旧駅事務膣の片隅に残る金庫。)

 片隅には古い金庫が残されていた。やはりこの駅で使われていたものなのだろう。

 金庫の上には「門司鐵道局長 ○○」「総務部長 ○○」「佐賀運輸長 ○○」と、かつての国鉄門司鉄道管理局のお偉いさん方と思しき人々のネームプレートが連なった黒板のような古めかしいボードが残されたままだ。先ほど、件のボランティアの方が、この中の名前の一人を指し
「この人がこの駅に来たことがあって、自分の名前があった事に凄く感激してね~」
と嬉しそうに話してくれたのが印象的だった。

肥前七浦駅: 駅舎旧事務室に貼られたままの業務用掲示物。
(壁には業務用の掲示物が貼られたままだ…。)

 壁には色々な掲示物が残されたままだ。これは安全確認啓発のポスターと、転てつ器清掃の安全作業方。その他にも、安全の確保に関する綱領、昭和55年のこの駅の運転時刻表、昭和56、57年当時の業努成績優良褒賞得点表などなど・・・。約30年前のものが今も残っているのはまさに奇跡で、駅事務室の現役時代を彷彿とさせる。

肥前七浦駅: 駅舎旧駅事務室に置かれた木製テーブル。
(古めかしい木のテーブルと木製のベンチ。)

 駅事務室には木製ベンチと木の大きなテーブルが置かれていた。前者は新しめで、この空間の雰囲気に合わせわざわざ購入したのだろう。そして木のテーブルはとても使い込まれた感じがし、この空間に非常に合っている。元々この駅の備品だったのか、どこかから持ってきたのだろうか・・・。

 外は初夏の陽射しで暑いくらいだが、ベンチに座っていると、火照りを冷ますように心地よい風が通り抜ける。使い込まれた木で包まれた空間にいだかれているようで、とても寛げた。真夏とか冬とか気候が厳しい季節でなければ、読書をして・・・、昼寝をして・・・、ただボーっとこの空間で過ごすのもいいだろう。数百メートル北には、道の駅鹿島もある。一日、のんびりと過ごせるだろう。  

肥前七浦駅、駅舎をプラットホームから見る。
(駅舎をプラットホーム側から見る。)

 もう少しで次の上り普通列車来る。この駅に停車する約5時間振りの上り列車だ。名残惜しいが、もう跨線橋の向こうの2番線に行かなければいけない…。離れがたく跨線橋に上る前、駅舎の方に振り返った。ホームに上がる階段には。花が咲いた植木鉢が置かれている。無人駅ながら地元の人によく気にかけてもらえてるなと温かい気持ちになった。

肥前七浦駅駅舎とプラットホーム、周辺の集落。
(肥前七浦駅と周辺の集落。)

 跨線橋から駅と周辺を見渡した。民家が寄り集まる集落があり、海沿いに徒歩約10分の所には道の駅鹿島がある。

 現在に残った木造駅舎はあれこれ改修されている事が多い。ゲンナリしてしまう改修が多い中、昔の造りや雰囲気を残しつつ上手くアレンジし、地元の人々や旅人がくつろげる場所にリニューアルされたこの駅は、木造駅舎改修の好例の一つと言えると思う。今度はもっとのんびりとした時を過ごすためにこの駅に来てもいい。そう思いながら普通列車に乗りこの駅を立ち去った。


[2010年6月訪問](佐賀県鹿島市)

追記: その後の肥前七浦駅

 2015年2月に肥前七浦駅を再訪する事ができた。木造駅舎は相変わらず健在で、前回と変らず木の質感溢れる趣き深い外観だった。

 しかし、旧駅事務室を改修した待合室に貼りつけられたままだった古い業務用掲示物のほとんど無くなっていたのに驚いた。残ったのは重い金庫と安全第一と書かれた札くらいだった。何で無くなってしまったかは知らないが、それらの掲示物はまるで有人駅時代の駅事務室にいるかのような独特の雰囲気を造り上げてきただけに、やはり残念に思った。

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木造駅舎改修の好例

南久留米駅(JR九州・久大本線)
※半分の大きさに改修されたが、昔の木造駅舎らしい趣き深い雰囲気を尊重した造り。
玉柏駅(JR西日本・津山線)
※無人駅となり駅事務室跡が削られ半分化されがた、こちらも雰囲気ある造り。
上有田駅(JR九州・佐世保線)
※半分化せず昔の造りのまま保存を前提に、きれいに改修された。