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肥前長野駅~廃虚のようなオンボロ駅舎の10年後~


日本一のオンボロ駅舎!? 肥前長野駅

 2005年の2月、佐賀県にある筑肥線の肥前長野駅に初めて訪れてから、もう10年の月日が流れた。

 初めてこの駅を見た時、駅舎の廃虚のような荒廃振りに大きな衝撃を受けたものだ。待合室は廃品が占拠し、旧駅事務室にも廃品がごちゃごちゃに置かれ、待合室以上に荒れていたものだ。木の外壁は傷みボロボロで、板が剥がれている部分が何ヶ所もあった。満身創痍とはまさにこの事。日本全国色々な駅を巡り、古色蒼然とし廃れた駅舎をいくつも見てきたが、肥前長野駅ほど強烈な印象を与えた駅は無かった。

 一方、荒廃しつつも、昔ながらの木の質感溢れる姿も垣間見せていた。それゆえ荒廃した様が、尚更、惜しいと思ったものだ。しかし、こんなに状況なので、遠からず取り壊されるのだろうと思っていた。
(※関連ページ: 2005年訪問時の肥前長野駅

 しかし、肥前長野駅の駅舎が取り壊されたという話はいっこうに聞こえて来ず、2010年の5月には、2回目の訪問を果たした。待合室の廃品が半分位撤去されていたものの、駅舎は相変わらず廃虚のようだった。

 それから更に数年過ぎた頃だっただろうか…、個人ブログで肥前長野駅の駅事務室内の廃品が撤去されているらしい事を知った。こういう場合は保全に向けて…、またはその反対で、取壊しのための準備のどちらかだ。当然、私は後者かと思った。ああ、ついに来るべき時が来たか…。覚悟しなければと思い、動向を注視し続けた。

 しかし、ある日、私の予想に反し、駅舎が改修され、駅舎内部を占拠していた廃品がほぼ撤去されたと知った。加えて、旧駅事務室に入れる状態にあるらしい…。ニュースや改修を手掛けた組織など、より明確な情報が欲しいと思い、ウェブ上で情報を探したが見つけ出せなかった。こうなったら自分の目で確かめるしかない。

廃虚のような駅舎の10年後…

 早朝、筑肥線西の終端、伊万里駅から列車に乗った。昨日、嫌なほど降り続いた雨はすっかり止み、空は晴れ晴れとし、太陽の光が降り注ぐ天気の良さだ。

 そして、列車は遂に肥前長野駅で停車した。この駅に足跡を標すのは5年振り、そして3回目だ。

肥前長野駅に降り立つと瑞々しい水田が広がる風景が目の前に…
(降り立つと目の前には水田が広がる瑞々しい風景が…)

 プラットホームに降り立つと、小高い山に囲まれた中、いくつもの水田が広る風景が目の前あった。田んぼの隅から隅までずらりと並んだ稲はまだ子供のように小さく、なみなみと湛えられた水は山々と空に広がる雲、そして一人の農夫を映し出していた。あれ?ここってこんなにきれいな風景がある所だったんだと、駅舎ばかりに目が行っていた私は今更ながらに驚きに包まれ、目の前に広がる田舎の原風景に見とれた。

JR九州・筑肥線、肥前長野駅、駅舎ホーム側。
(駅舎ホーム側。)

 そして田んぼの反対側に目を転じると、相変わらずあのボロ駅舎があった。改修のついでが、周囲の雑草なども駆り取れられ、ひどくすっきりして見える。

 ホームから駅舎までは少し距離がある。かつてはその間にもう1線分の業務用の側線があったのだろう。駅の北側には、小さな側線用のホーム跡も残っている。

肥前長野駅駅舎ホーム側。傷みが目立つが改修の跡も見られる。
(傷みは目立つが改修の跡も。)

 改修されたと言っても、完全では無いようで、そこにある木造駅舎は年月を経た質感が味わい深いが、相変わらず傷みは激しかった。壁の漆喰は剥がれ、壁や柱の木材の質感は相当古びている。屋根は歪んで見える。

 しかし、駅事務室の出入口の木の扉と、軒下に置かれた古いベンチは茶色に再塗装されるなど、修復の跡も見られた。

肥前長野駅: 駅舎改修を伝える貼紙。
(駅舎改修を伝える貼紙。)

 窓には小さな貼紙が掲示されていた。「肥前長野駅は九州に残る数少ない古い鉄道駅舎です。2015年2月21、22日に駅舎の補修がなされた。」と書かれ、欄外に「この駅舎の管理は長野区の方々でされています」と小さく付け加えられていた。どんなにボロ駅舎と言われようと、地元の人々にとっては、長年、馴染んできた思い入れのある自分達の駅だ。廃れゆく様を虚しい気持ちで見つめていて、何とかしたい気持ちでいっぱいだったのだろう。

肥前長野駅: 駅舎内待合室の廃品は撤去されていた。
(待合室の廃品はきれいに撤去されていた。)

 待合室を埋め尽くしていた数々の廃品はきれいに撤去されていた。見通しが良くなった目の前の光景に大きく驚かされた。そして、余計な物が撤去された室内は、ほぼ昔のままの姿を留めた出札口と、一段低い手小荷物窓口が日の目を見た。古びた漆喰と木で囲まれた空間は、まさに何十年と年月を経てきた木造駅舎の待合室そのものだ。何と味わい深い事だろうか。たかが廃品が撤去されただけで、これほど印象は変るものなのだ。

肥前長野駅: 改修途上のためか、駅事務室は開放状態だった。
(旧駅事務室は開放状態だった。)

 もう一方の駅事務室の扉は改修の途上のためか、取り払われていて中に入れる状態だった。中を見ると、大きなゴミ箱のようだった駅事務室も、廃品はほぼ撤去され、積もり積もった埃もきれいに掃き清められた。よくここまでやってくれたものだと思う。

 ほとんど廃品が撤去された中、何故か古い足踏みミシンが残されていた。駅の備品だったのではなく、おそらく駅の無人化後にここに持ち込まれ、そのまま省みられず廃品となったのだろう。こちらも駅舎同様、レトロな品なので残されているのだろうか。

肥前長野駅: 駅舎正面下部の板は新しいものに。
(駅舎正面の下部の板張りは新しいものに。)

 駅舎の外に出て正面から眺めると、下部の板張りが張り替えられているのに気付いた。風化し木目浮き出る木の板と、真新しさ残る肌色の板のコントラストがちぐはぐな感じだが、でもそこがいい。以前は、窓の下の板張りが破れていて、床下がどうなっているか覗きこんだりもしたものだ…。

 とりあえず小さな駅を一回りしたが、素晴らしすぎ余りにも見る所がいっぱいで、どこから撮っていこうかかえって困惑させられた。次の列車まであと2時間近くもある。まあ一息つこうと、駅前の自販機でコーヒーを買った。

肥前長野駅: 廃品が撤去され窓口跡が姿を現した。
(廃品が撤去され窓口跡が姿を現した。)

 コーヒーを手に駅内で座る所を探した。ホーム側の改修された木製ベンチに座ろうかと思ったが、日が照りつけ暑そうだ。待合室にベンチは無いが、左側の窓口、手小荷物用のカウンターが座るのにちょうどいい。虫の死骸を払いのけ腰掛けた。古びているので、私の体重で壊れないかと気になったが、幸いにもびくともしなかった。造られておそらく半世紀を越えているが、かなり頑丈に造られている。大工さんはいい仕事をしたものだ。

肥前長野駅、手小荷物窓口跡のカウンターに座ると、古い木の窓枠が目の前に。
(手小荷物窓口跡のカウンターに座ると、古い木の窓枠が目の前に。)

 座ると、目の前には木製のままの窓枠が目に入った。使い古された木の質感が何とも味わい深い。窓の向こうには紅葉の木が植えられていた。秋になるとオレンジ色に染まり、一風違った味わい深い光景なのだろう。

 この下には、造り付けの木製ベンチがあるのが木造駅舎の定番だが、この駅には無い。その代わり、かつてはこの場所に家庭用のソファーが2脚並べられていた。ただ、2つとも汚れが酷く、とても座れる状態ではなかったが…。

 座りながらボーっとしていると、大きなトラックが狭い駅前を一瞬塞ぐようにして通り過ぎた。すると北側の、紅葉の奥に見える側線ホーム跡の端に車両後部を向けて停車した。日曜日の朝っぱらから何が始まるのかと思いながら、その様子を駅舎の中から眺めた。

肥前長野駅: 側線ホーム跡に引っ張り出される牛たち。
(側線ホーム跡に牛が引っ張りだされた。)

 トラック後部の蓋が倒れてきて、側線ホームに付けられたと思ったら、何と!運転手さんが荷台から引っ張り出していたのは牛だった。牛は素直に従わなかった。ただ本気の抵抗ではなかったようで、運転手さんが全身で踏ん張り引っ張るとすぐに諦め、スロープを下り目の前の牛舎に連れて行かれた。逆に牛舎から連れて行かれる牛もいるようで、牛を入れた帰りに、別の牛を引っ張り上げ、側線跡の柵につないだ。行ったり来たりで、同じ作業が繰り返された後、柵に繋いだ牛たちをトラックに荷台に連れ込み立ち去っていった。

 おぉ…、こんな事に使われていたとは!側線ホーム跡に柵が作られていて、道を挟んだその前に牛舎があるのは知っていた。たぶん、側線ホーム跡に牛が出される事があるんだろうなとは思っていたが、実際に打ち棄てられた駅の遺構が、牛で賑わう光景を眼前にしただ驚かされた。トラックの荷台の高さと、側線ホームの高さがほぼ同じで、牛の納品、出荷の作業にはうってつけで改修して使っているのだろう。しかし、運良くこの牧場のような光景に居合わせたものだ。

相変わらずオンボロだがが味わい深い肥前長野駅の木造駅舎。
(相変わらずオンボロ…そして味わい深い肥前長野駅の木造駅舎。)

 牛の納品・搬出作業で立ち上がったのを機会に、さて撮影でも始めようかと思い、まず駅舎正面に立った。しかし、完全に駅舎の背後に太陽が回りこむド逆光の状態で、アングルに苦労しながら撮影した。

 相変わらず古色蒼然とした駅舎だ。茶色く塗られた木造駅舎は多いが、この駅舎はそういった塗装がほぼされていなく、素顔の状態と言える。素顔のままの木の壁面の色は薄く、古び具合がより強く伝わってくる。以前よりもより古くなったように見える。気のせいだろうか…。

 駅前を見渡して、何か小さな違和感を感じた。駅前の民家に繋がれていた犬が居なかったのだ。2回訪問して、その度可愛らしい姿を見せてくれたものだ。よそ者の私が駅前をうろついても、動じる気配を微塵も見せず、いるかいないか解らないような大人しい子だった。だが、実際に居ないとこうも物足りないものなのか…。よく見ると、その犬が居た辺りの柱に、青いリードが巻かれているに気付いた。どうしてしまったのだろう…。

 ちょうど家の人が出てきたので、聞かずにはいられなかった。すると「死んでしまった」との事だ。2005年に初めて会った時、既に成犬だったので、人間でいうなら老人の域だったのだろう。いない光景を見て薄々は覚悟はしていたが、やはり寂しい。2005年のあの雨の日、身じろぎもせず駅の方を向いて座っていた姿が、ただ懐かしく思い出された。

肥前長野駅駅舎、素晴らしいまでに原形を留めた窓口跡。
(窓口跡は素晴らしいまでに原形を留める。)

 駅舎の中に戻ってきた。昔のままの雰囲気がやはり素晴らしく、まるで何十年も時代を遡ったかのような気分に陥るが、特に木のカウンターと窓枠のままの窓口は、ほぼ原形を保ち特に素晴らしい。まるで駅員さんの息吹が今にも聞こえてきそうだ。無人駅となり、あれだけ荒れながらもよくこの状態が保たれたものだと思う。一点、出札口の金銭を授受する台に、緑色のアクリル板が取り付けられているのが妙に鮮やかに映るが、これも悪くない。

 そして、窓口の向こう側、かつての駅事務室に目は吸い寄せられた…。

肥前長野駅駅舎。休憩室・宿直室の木の扉。
(古めかしい木の扉がある休憩室・宿直室。)

 駅舎のホーム側に周り、扉が取り払われた所から中に入ってみた。

 入口すぐの所にはコンクリート製の水場があった。ここで手洗いなどをしたのだろう。

 そしてその奥の木の扉の向こうが、小部屋になっている。扉の上には板の台があり、しめ縄がちぎれ垂れ下がっているのが目に入った。小さな神棚だ。きっと駅員さんが安全を願い日々手を合わせ、そしてその日1日安全だった事に感謝し手を合わせたのだろう。今では台の上には何も無く、空っぽだが、脇に2枚の木の札が付けられたままだ。一枚は何も書かれていないが、もう一つの札には「出雲大社 守護」と書かれていた。

肥前長野駅駅舎、休憩室・宿直室は4.5畳の畳敷き。
(休憩室・宿直室の内部は畳敷きで4.5畳の広さ。)

 木の扉を開けると、狭い部屋があり、床を見ると4畳と1畳の半分の畳が敷き詰められていた。駅員さんの休憩室、宿直室だったのだろう。

 以前はこの小部屋にも廃品が置かれ中は荒れていたのを外から眺めていた。今も壁は黒ずむなど古びている事は変らないが、その割に床の畳がきれいでどこか青々しささえ感じる。意外ときれいな状態が保たれていたものかもと思った。しかし、家に帰ってかつての写真を見てみると、やはり畳は色褪せめくれて波打ち、所々が破れていた。こんな所まできれいにしたのだろ改めて驚かされた。

肥前長野駅駅舎、古めかしく原形を良く留めた駅事務室内部。
(駅事務室は昔のままの造りを留める。)

 今度は駅事務室に足を進めてみた。中はかつての様子が嘘のようにがらんとしている。そして待合室側同様、昔のままの造りを留めている。漆喰は黒ずみ木の壁はすっかり古びている。天井も古い板張りのままで、無数の浮き出た木目がうねりながら走っている。

 手小荷物窓口の上には、古いポスターが掲示されたままになっている。内容を見ると「昭和45年度、計量管理強化運動」という国鉄のポスターだ。その当時、現代ではあたりまえになった宅配便のサービスは無く、小口の荷物は、駅まで出向いて目的の駅までの発送を依頼する鉄道小荷物か、郵便小包かだった。そんな時代をより強く感じさせた。

肥前長野駅駅舎、窓口の扉を開け駅事務室側から待合室を眺めた。
(駅事務室側から扉を開くと、駅員気分に。)

 旧駅事務室側から見ても、手小荷物窓口は原形をよく留めていた。木の扉を動かしてみると、スムーズに開閉する事ができた。こちら側から待合室を眺めれば、少しだけ駅員の気分になれる。

「すみません。」
「ああ、●●さん、お元気そうで!」
「すみません、この荷物お願いね。」
「どの駅までです?」
「○○県、△△線の□□駅まで。」
「では、こちらの伝票にご記入を…」


こんなやり取りがされていだのだろうか…?

肥前長野駅、駅事務室に残っていた何かのスイッチ。
(残されていたスイッチ。)

 出札口と手小荷物窓口の間の柱には、何かのスイッチが残されていた。照明だろうか…?

肥前長野駅、駅舎側面。廃井戸にはレトロな手押しポンプが残る。
(駅舎側面。廃井戸にはレトロな手押しポンプが残る。)

 駅舎を側面から眺めてみた。壁の板は剥がれたままで、軒を支える柱もかなり古びている。ここまで改修の手が回ってくる日は来るのだろうか…。

 廃井戸のレトロな手押しポンプ・津田式ポンプはもう使えはしないが相変わらず健在で、駅にレトロなムードを添えている。

肥前長野駅駅舎、軒を支える柱はひどく風化している…。
(軒を支える柱はひどく風化している。)

 5本の柱が並び軒を支えている。長年、風雨に晒されながらも懸命に駅舎を支え続けた柱は、風化した木目で皺くちゃで、縦に大きなひびが入り今にも引き裂かれそうだ。まるで、あたりまえのように佇んでいるこの駅舎の苦難の年月が凝縮されているかのように…。

肥前長野駅、プラットホームと駅名標。
(プラットホームと駅名標。)

 唐津行きの列車の時間が迫り、どこかに出かける3人組の高校生位の女の子が駅を華やかなムードにしていた。地元の人で賑わう光景はいいものだ。

 廃れ崩れゆくのが運命と思っていたオンボロ駅舎が、よくここまで復活したものと深い感慨を覚えた。地元の人々をはじめ、改修に携わった人々に改めてお礼を言いたい気分だ。

 しかし、良くなったと言っても、以前のいちばん酷い状態を知っているからであって、まだオンボロ駅舎ではあると思う。おそらく費用とか諸問題のため、完璧に改修するのは難しいのだろう。これ以上を望むのは贅沢なのだろうか…。でも、もしかしたら少しずつ補修されていくのかもしれない。それまでこの老駅舎には、何としても持ちこたえてもらいたいものだ。

 でも、今回の改修で一筋の光明は見えた。この駅に来る時、この駅舎はどうなっているだろう…。そう思いながら、ゆっくりと動き出した列車から、肥前長野駅が見えなくなるまで見つめ続けた。


[2015年6月訪問]


(※当サイト補完ブログに肥前長野駅のボツ画像集を緩~く綴っています。どうぞあわせてご覧下さい。)

肥前長野駅・基本情報+

鉄道会社・路線名
JR九州・筑肥線
駅所在地
佐賀県伊万里市大川町大川野
駅開業日
1935年(昭和10年)3月1日
駅舎竣工年
開業時か…?
駅営業形態
無人駅

佐賀県の木造駅舎

肥前七浦駅 (JR九州・長崎本線)
※有明海近くに佇む。無人駅で駅事務室が改修され待合室として開放されている。(鹿島市)
上有田駅 (JR九州・佐世保線)
※陶芸の町の駅。古い趣きを尊重されつつきれいに改修された。(有田町)
三間坂駅 (JR九州・佐世保線)
※新築のように改修され、古き良き趣はいま一つ…。(武雄市)