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早月加積駅 (富山地方鉄道・本線)~木造駅舎の旅~


随所に古さを残す素朴な木造駅舎

北陸本線横にある早月加積駅ホーム

 富山行きの列車から早月加積駅の細長い1番線で下車した。駅舎に近い反対ホームの2番線と、併走する複線の北陸本線に挟まれていて、ホームはまるで肩身が狭そうな細さだ。

早月加積駅駅舎ホーム側

ホームから駅舎を見た。軒が壁でしっかりと覆われている富山地鉄らしいスタイルをこの駅も持っている。

早月加積駅2面2線のホーム

 早月加積駅プラットホーム。単線だが列車交換ができる2面2線の構造を有している。駅前に民家は並ぶものの北陸本線の更に向こう側は田畑で、駅が利用者で賑わう事もない昼下がりで、どことなく長閑な雰囲気が漂っている。

早月加積駅、旧改札口付近

 古いままの造りが残された改札口付近。木の造りをふんだんに残しているのが印象的で木製ラッチもそのままだ。かつての駅事務室の中を見てみると、古い造りを残しながらも、機械をあれこれ収納したごっつそうなラックがデンと占拠していた。列車運行関連の機械なのだろうが、この光景を見ると今や駅舎はこの機械を収納している入れ物に過ぎないのかと思えてくる。

富山地鉄本線、早月加積駅の木造駅舎
 

 早月加積駅の木造駅舎は、ありふれた素朴な外観をしている。一部がトタン板で修復されているものの、ほとんど手入れされていないのか、壁面や車寄せなど木のままの部分が古び色あせていて、古い木造駅舎の味わいというか年月を経てなお佇む姿に凄みを感じさせる。とは言っても、駅の開業は戦後の1950年(昭和25)年3月23日だ。この駅舎がそれ以来のものとしても、木造駅舎としては新しい方と言えるだろう。それでも60年の月日が流れているが・・・。

早月加積駅、駅舎に残るレトロな駅名表記

 駅正面の車寄せ上の部分に「早」「月」「加」「積」「驛」と一字づつ書かれていたであろう木の板が、モルタルの壁面に直接打ち込まれている。古び具合といい味わいのある表記だが、古びすぎ風化してしまい、「早」と「驛」が判読できる程度だ。

早月加積駅、個性的な木製の車寄せ

 ペンキさえも塗りなおされず古びていくままとなっている車寄せ。この車寄せを見ていると、柱の下方が僅かに膨らんでいるような形状をしているのに気づいた。普通に真っ直ぐの柱でもいいのに、さりげなく何と凝った事をするのだろう!

 富山地鉄はいつくもの鉄道会社が合併し今に至っているが、そのためか、今も多く残っている古い駅舎は個性豊かで面白い。早月加積駅は1943年の富山地鉄成立後に出来た駅だが、会社が変わっても建築道楽的な気風が脈々と受け継がれ、こんな所に現れているのだなと思うと嬉しく、なんとも感慨深く見える曲線だ。

早月加積駅、窓口跡と待合室

 内部も見事に古いままだ。窓口は板で塞がれているものの、原型はよく残り、雰囲気は十分に留めている。改装された地鉄の駅では、木目がプリントされた板に替えられた場合もあるが、使い込まれた木のままの造りが残され味わい深い。木目プリントの板に替えられると、やはり軽々しく安っぽい雰囲気になってしまう。もし改装されるのなら、今のままの雰囲気を生かして欲しいものだ。

早月加積駅、手小荷物窓口跡の木製カウンター

 手小荷物用と思われる窓口跡。窓口は塞がれたが、木のカウンターはそのまま残っている。多くの場合、隣接している出札口より低くなっている場合が多いが、この駅では出札口とほぼ同じ高さにある。

早月加積駅に残る電光表示の電車のりば案内板

 改札口上には、電光表示の出発ホーム案内板が設置されている。無人駅となった今、使われている様子は全く無い。

早月加積駅、古い鏡広告

 待合室には広告付きの鏡が張り付けられていた。古い駅舎が残る富山地鉄には、レトロさを感じさせるこんな鏡広告が残っているのをよく目にする。鏡と広告の間に四角い穴が4個開いているのは何だろうか?時計屋さんの広告だけあって、昔は月日や曜日が変えられるようになっていて、駅員さんが日々変えていたのかもしれない。

早月加積駅、壁に取り付けられた鏡

 そして、駅舎ホーム側の木目露わな壁面にも、なぜか鏡が掲げられていた。上の鏡広告と違って木枠なのが気になる。水場の上にあったので、駅員さんが作業の合間の手洗いついでに覗き込んで、身づくろいをしたのだろうか・・・。


[2010年9月訪問](富山県滑川市)

趣き深く個性豊かな富山地鉄の古駅舎
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